人間の寿命とは、さながらロウソクの如し。
揺れる炎は「お迎え」までのカウントダウンともいえる。
では、自身の余命が、厳然たる数値で示されるとしたら――。
科学ジャーナリストの緑慎也氏が“運命の検査”を体験しつつ、寿命を延ばす秘訣を専門家に問うた。
現代科学が、このロウソクに酷似したものを発見しているのだ。
場所は、我々の体を形作る細胞の核。
ここには、生きるために必要な遺伝情報を記した「辞書」ともいえる46本の染色体が詰め込まれており、その染色体の先端、科学者によって「テロメア」と名付けられた部分が、命のロウソクの役割を果たしている。
テロメアは、染色体の安定化に欠かせない構造体である。
実際にはロウソクというより、紐状の染色体がバラバラにほどけないようタンパク質でのり付けされており、先端でいわばキャップの役割を果たしている。
ところが、細胞が分裂するたび、このテロメアは短くなっていく。
大事な遺伝情報の紛失を防ぐため、自らを犠牲にして少しずつ削られてしまうのだ。
その長さが半分ほどに縮むと、細胞はもはや分裂することができなくなり死に至る。
むろん細胞の死が、そのまま個体の死に繋がるわけではない。が、テロメアの短縮は、人間が健康に生きる年月に限界を設けているというのが科学界の通説である。
それでも、
「現時点でのテロメアの長短は、さほど重要ではありません」
そう話すのは、広島大学大学院医歯薬学保健学研究科の田原栄俊教授である。
「私達はこれまで、延べ5000人ほどのテロメアの長さを測り、疾病との関わりを調べてきました。
テロメアが短い人は長い人に比べて心疾患、糖尿病、がん、感染症など、様々な疾患のリスクが高まる傾向が見られ、短いより長い方がよいのは確かでしょう。
しかし、短くなる速さは一定ではありません。
たとえ現時点でテロメアが短いと分かっても、縮んでいく速さが緩やかであれば、健康長寿を実現できるのです」
では、肝心のそのスピードを知るにはどうすればよいのか。
田原教授は、テロメアの端に豚の尻尾(テール)のように伸び出た「Gテール」と呼ばれる箇所に着目する。
その名は、遺伝情報の文字にあたるDNA中の4種類の塩基(A、T、G、C)のうち、G(グアニン)を多く含むことに由来する。
テロメアは塩基の連なりからなる鎖2本の対で成り立っているが、Gテールには1本の鎖しかない。
その長さも、テロメアが1万~2万塩基対であるのに対し、Gテールはわずか200?500塩基と短い。
田原教授は、そのGテールの長さを簡易かつ迅速に測定する装置を開発し、世界で初めて実用化にこぎ着けた。
「Gテールが正常より短いとテロメアも早く短くなることが分かっています。
つまり、テロメアが将来どのくらいの長さになるか知りたければGテールを調べればよく、また疾患リスクとの関係も、テロメアより明確に出やすいのです」
Gテールに影響を及ぼすのはストレス、それも体内で生じる活性酸素が細胞を蝕む「酸化ストレス」だという。
酸素が鉄に作用してサビが生じるように、細胞もまたサビつくわけだ。
「喫煙や睡眠不足、精神的な重圧でも、細胞が酸化ストレスを受けてGテールは短くなります。
私も研究費の申請書を書くため徹夜が続いた時期に測ったら、短くなっていました。
目に見える変化が年単位でしか現れないテロメアに対し、Gテールは1週間単位で大きく伸び縮みします」
「Gテールは、短くなるとテロメアを削って元の長さへと戻ります。
テロメアも、生活習慣を改善すればテロメラーゼと呼ばれる酵素が活性化して短縮スピードを遅らせ、テロメア年齢を伸ばすことができるのです」
「遺伝子の違いで寿命が変わると考える人が多いですが、そうではありません。
100歳で亡くなった人と50歳で亡くなった人で、がん、糖尿病、心臓病など病気の原因遺伝子とされるものをどれくらい持っていたか比較した調査では、両者に明確な違いは認められませんでした。
両者とも同じくらい病気の遺伝子を持っていたわけです」
代わりに大きな違いがみられるのは、
「生活習慣に尽きます。特に注意しなければならないのが細胞を傷つけ、結果的にテロメアを短くしてしまう活性酸素。
テロメアはまさに“命の回数券”と言ってよく、一度使ったら元に戻せません。
つまり、いかに活性酸素を抑えるかがポイントになります」
そこで重要なのは、活性酸素を抑えるはたらきのある抗酸化物質の摂取である。
「色の付いた野菜、果物、豆類などを積極的に食べましょう。
植物はみな二酸化炭素を吸って酸素を出します。
酸素は大事ですが、活性酸素に変わると細胞に悪影響を及ぼすので、植物は自分の身を守るために植物性抗酸化物質を持っているのです」
米は白米よりも五穀米や玄米、パンなら全粒粉がよい。
精製の過程で、抗酸化物質が含まれる食物繊維、穀物繊維がそぎ落とされてしまうからだ。
ただし、50歳を過ぎたら炭水化物の摂取は必要最小限に抑えるべきだという。
「それは糖質を控えるためです。
というのも、我々が生きるためのエネルギーは、2つのエンジンで生み出されている。
1つは『解糖エンジン』。
植物が存在せず、地球上に酸素がない時代、細菌は糖を分解してエネルギーを作っていました。
その頃から使われていた古いエンジンで、子作りや暴力など、原始的なエネルギーのもとでもあります」
もう1つは、酸素を燃料にしてエネルギーを生み出す「ミトコンドリアエンジン」である。
「こちらは前者のように瞬発力は作り出せませんが、心臓や脳など、持続的に活動する部位へエネルギーを供給しています。
若い頃は解糖エンジンがメイン、ミトコンドリアエンジンがサブとして働きますが、大体50歳を境に、メインとサブが入れ替わる。
ですが、そこでサブであるはずの解糖エンジンが活性化すると、メインが支障をきたす。
取り込んだ酸素が活性酸素に変わり、結果として老化が進んでしまいます」
また、女子栄養大学の香川靖雄副学長は、
「生まれた直後に1万塩基対あるテロメアは、平均して1年で約50塩基対ずつ短くなり、死ぬときには5000塩基対程度になっています」
そう前置きしながら、
「海苔や納豆、急須で淹れた緑茶やタタミイワシなどには、葉酸が多く含まれています。
これはテロメアを含むDNAの合成、修復、調整に不可欠な物質であり、またテロメアを短くしてしまう有害なアミノ酸のホモシステインを抑制する効果があることが、近年の研究で分かってきました」
とのことで、
「すでに米国やカナダなど世界82カ国では、葉酸の効果を認め、法律でパンやパスタ、シリアルをはじめ全ての穀物に葉酸を入れることを義務付けています。
そのおかげで米国人の健康寿命は確実に延びました。
また、青魚に多く含まれるDHAやEPAにも、テロメアの短縮を遅らせる効果があることも分かっています」
前出の田原教授もまた、1日の飲酒量をワイン2杯にセーブし、減塩食を心がけているという。
その甲斐あって肌のつやは52歳とは思えないほど若々しい。むろんテロメア年齢も実年齢を下回っているのだが、自身の携わった測定の被験者の中から、こんな事例を紹介してくれた。
「検査時49歳でテロメア年齢63歳だった男性は、抗酸化力の強い緑黄色野菜を積極的に摂り、日常的にウオーキングするなどの対策を施した結果、2年後の検査ではテロメア年齢が47歳と実年齢より4歳下がり、Gテールの長さも8・3の注意領域から14・8の良好領域に入りました」
前章で触れたウオーキングについては、先の藤田名誉教授もお勧めだという。
「私の場合、1日1万歩を歩くと体の調子が良いし、血糖値も正常な値が出やすいのです。
また太極拳、ヨガなども有効です。
呼吸については、おへその辺りを意識し、腹式呼吸の『丹田呼吸法』を1日1~2回繰り返すのがいいと思います。
これらを実践することで酸素がたくさん体に取り込まれ、ミトコンドリアエンジンが効率的に回っていくわけです」
が、65歳以上の方にとっては、激しい運動は要注意である。
「かえって体内で活性酸素を発生させてしまうことになります。
私も昔、フルマラソンを走っていましたが、若い頃は、もともと体内に備わっている抗酸化物質が十分に働くから問題ありません。
ところが65歳を過ぎると、それは著しく減っていきます」
こうした点を踏まえ、以下のような日常の心構えを説くのは、先の香川副学長である。
「睡眠時間は、7時間が最適であるとの調査結果があります。
と同時に、規則正しい生活が大事です。
雑巾がけや庭掃除などをこなし、心のストレスを解消すべく座禅を組む。
すなわち、禅僧のような生活を心掛けて日々を送ることが、テロメアを維持するには理想的だといえるでしょう」
冒頭の「死神」で主人公は、
〈消えかかったお前のロウソクに新しいロウソクを継ぎ足せば命を延ばせる〉
と死神から告げられる。
だが、手が震えてどうしてもうまく継ぎ足せず、そのまま火は消えて男は息絶えてしまう。
せっかく授かった寿命を、みすみす縮める手はあるまい。