患者と医師の会話
医師「あなたの虫垂炎の治療法には、薬と手術があります」
患者「薬にしたらどうなりますか?」
医師「入院せずに済みますが、再発する可能性があります」
患者「では、手術にしたらどうなりますか?」
医師「治療期間は短くて済みますが、まれに術後に合併症を起こす可能性があります」
患者「どちらも怖くなってきたわ……」
「○○すればどうなる?」
健康・医療情報で、「○○って何?」というバックグラウンドの疑問が解決したら、次に直面するのが「○○すればどうなる?」というフォアグラウンドの疑問です。
フォアグラウンドの疑問は、個別、具体的で、行動に結びつく疑問です。病気の予防や治療に直結する疑問ということもできます。
多くの場合、患者がフォアグラウンドの疑問をぶつける前に、主治医が患者になり代わってフォアグラウンドの疑問を立て、それに対する最善の予測を得、それを基に治療方針を示してくれます。
患者がその方針に従えば、あえてフォアグラウンドの疑問を意識することはありません。
ですが、複数の治療法があり、どちらを選ぶこともできる場合には、患者自身がフォアグラウンドの疑問を意識することが重要になってきます。
あるサラリーマン(55歳、男性)が、会社の健康診断で「中性脂肪が高い」と言われたとしましょう。
中性脂肪が高い状態が続くと、将来、心筋梗塞(こうそく)や狭心症を引き起こす可能性が高まる(どのくらい高まるかは年齢、喫煙の有無、過去に心筋梗塞や狭心症を起こしたことがあるか、糖尿病など他の病気があるかなどによって異なる)ため、黄信号がともった状態といえます。
このような人に対しては、まずは食事(お酒を控える、青魚をよく食べるなど)や運動(ジョギング、水泳など)などの生活習慣を改善し、太っている人は痩せましょうと指導されます。
生活習慣を改善しても足りなければ、中性脂肪を下げる薬が使われます。
このサラリーマンのフォアグラウンドの疑問として、「もうちょっと食事に気をつけたほうがよいだろうか?」では漠然としすぎています。
「もうちょっと」ってどのくらい?
「食事」って何?
「よい」ってどういうこと?……
もっと具体的に、行動に結びつく疑問にする必要があります。
そこで登場するキーワードが「PICO(ピコ)」です。PICOは、根拠(エビデンス)に基づく医療(EBM)を実践する際に欠かせないキーワードで、教科書にもよく出てきます。
疑問を整理するためのPICO
PICOとは、P(Patient[患者]:誰に対して)、I(Intervention[介入]:何をしたら)、C(Comparison[比較]:何に比べて)、O(Outcome[結果]:どうなるか)の略です。
フォアグラウンドの疑問は、PICOの4要素に分解します。
たとえば、
P(誰に対して):健康診断で「中性脂肪が高い」と言われた55歳男性サラリーマンが、
I(何をしたら):お酒を飲むのを週1回に減らすと、
C(何に比べて):お酒を今まで通り毎日飲むのに比べて、
O(どうなるか):3カ月後に中性脂肪の値が基準値以下になるか?
I(何をしたら)は、「お酒を控える」以外にも、時間、意欲、予算に応じて、「DHAやEPA(青魚に多く含まれる油)入りのサプリメントを飲む」「ランチは外食をやめてお弁当を持参する」「毎朝ラジオ体操をする」「ダイエットで有名なジムに通う」「中性脂肪を下げる薬を飲む」--などいろいろ考えられます。
また、そもそも中性脂肪を下げる最終目的は、検査値を下げることではなく、心筋梗塞や狭心症を起こさないことですから、O(どうなるか)もより具体的な疑問に書き直します。
P(誰に対して):健康診断で「中性脂肪が高い」と言われた55歳男性サラリーマンが、
I(何をしたら):ダイエットで有名なジムに半年間通ったら、
C(何に比べて):ジムに通わず今まで通りの生活をするのに比べて、
O(どうなるか):10年以内に心筋梗塞や狭心症を起こさずに済むか?
冒頭の「患者と医師の会話」をPICOにすると、このようになります。
P(誰に対して):虫垂炎の患者に対して
I(何をしたら):手術で虫垂を切除すると、
C(何に比べて):薬で炎症を抑えるのに比べて、
O(どうなるか):早く治るか?
PICOはEBMのはじめの一歩
フォアグラウンドの疑問をPICOの形式に書き換えるのは、EBMを実践する第一歩、ステップ1なのです。
*北澤京子 / 医療ジャーナリスト/京都薬科大学客員教授