人類は本来、1日何食か                     池澤 孝夫


人類は本来、1日何食で生きてきたのか。 興味ある問題です。

700万年間に及ぶ狩猟・採集時代は、常に飢餓との戦いですから、この問いは意味がないでしょう。現代の野生生物と同じです。

日本でも縄文時代や弥生時代の遺跡から、「何を食べていたか」を示す証拠は出ていますが、1日に何食だったかを示す情報は皆無です。

 

糖質制限実践者は夕食1食、または昼夜2食

現代の糖質制限食実践者の食事回数ですが、1日1回でも問題はないと思います。この場合の1食は、夕食がベストです。

夕食で摂取したたんぱく質によって、夜寝ている間に筋肉が修復され、日中にトレーニングなどをしていれば筋力アップにもなります。

1日2食の場合は、夕食は確保したうえで、あと1回は朝食でも昼食でもどちらでもいいでしょう。

しいて言えば、前日の夕食からの連続した絶食時間が長くなる昼食の方が、「ミニ断食効果」が期待できるという説もあります。

すなわち、朝食抜きの1日2食を推奨します。

 

かく言う私は、1984年に始めた1回目の断食(34歳の時=「玄米魚菜食と断食の効果」参照)以降は、朝食抜きの1日2食で、間食は、チーズやナッツを取る日もあれば、取らない日もあります。たまに間食として、少量の果物も食べます。

 

1日1食を約3カ月続けたこともありますが、欲望に負けてしまいました。欲望に負けたといっても、空腹感とか食欲に負けたのではありません。

そもそも糖質制限食を続けていると、腹が減って動けないというような強烈な空腹感は生じません。

この強い空腹感は、糖質を食べていることで生じるのです。

 

ではなぜギブアップしたのかと言うと、1日1食だと食事回数が減りますから、一生で味わう「食べる楽しみ」の回数が減ることになります。

1日2食と比べても半減ですから、34歳から100歳まで生きると仮定すると、ざっと2万4000回の食事の楽しみが消滅します。

また団体旅行に行った時など、周囲の人々とのコミュニケーションに苦労し、何より間が持ちません。

 

挫折の理由をいろいろと言い訳していますが、実は、肉、魚、貝、カニ、エビ、ナッツ、豆腐、納豆、野菜、海藻、きのこ、果実などなど、何でもいろいろ食べたいという欲望がすべてなのです。

そこで、「清く正しく」よりは「おいしく楽しく」糖質制限食を、ということで、1日1食とはおさらばし、2食に戻しました。

 

日本の貴族は長く1日2食

冒頭に1日何食かを示す考古学的資料はない、と書きましたが、文献資料となると、日本では現存する最古の歴史書「古事記」が、712年に太安万侶により編纂(へんさん)されて以降、さまざまな記録が残っています。

そうした資料を見ていくと、長らく日本では1日2食が普通でした。特に貴族社会では一般的だったようです。

 

第96代天皇、後醍醐天皇(在位1318年~1339年、鎌倉時代後期から南北朝時代初期)による「日中行事」は、宮中における日々の行事などを記録した書ですが、その中に「朝の御膳は午(うま)の刻なり。(中略)申の刻に夕の御膳まいる」との記載があります。

午の刻とは正午、申(さる)の刻は午後4時です。このような1日2食生活は、江戸時代まで続いていた、と佐伯栄養専門学校の星屋英治氏が指摘しています。

 

大火事の炊き出しが3食のきっかけ

日本人、特に庶民が1日3回食事を取るようになったのは、江戸時代の「明暦の大火」(1657年)がきっかけだ、という説もあります。

幕府は、焼失した江戸を復興するため全国から大工や職人を集めて、朝から夕方まで一日中働かせました。この時に朝食と夕食だけでは体力が持たないため、昼にも食事を出すようになり、1日3食の習慣が広まっていったという説です。

 

また3食の定着には、明治維新後の軍隊も大きな役割を果たしました。軍隊は1日3食を提供し、「白米が毎日3回食べられる」というキャッチコピーで貧しい農家の次男や三男を勧誘したのです。

これにより全国的に3食が徐々に普及していきました。

 

目覚めてすぐ食事は「変」

イギリス、フランスなどヨーロッパの国々でも、2食から3食に移行したのは15~16世紀ごろとされています。

1日3食の歴史は意外に浅いのです。

英語で朝食のことをbreakfastと言いますが、元は「断食を破る」という意味で、それが転じて1日最初の食事=朝食になりました。

当初のbreakfastは、一仕事終えたあと、正午ごろ食べていたのかもしれませんね。

 

世界的に見ても、伝統的なライフスタイルを保っている部族は、1日2食のことが多いようです。

特に、朝起きて何の活動もしていないのに、すぐ食事を取るという現代人の習慣は、人類の歴史上ほとんどなかった「変な習慣」と言ってもいいでしょう。

 

「インスリン抵抗性」を改善し「たんぱく質不足」を少しでも解消できれば「食べ方」にさえ注意すれば「追加インスリン分泌も気にするほどの量は出なくなる」のではないかと考えています。

「日本人として、米を食べても毒にならないような身体作りとそれに対応した筋力を使う運動も忘れないように心がけ、さらには抗酸化物質などにも気をつけて不足しなようにも心がける」なんといっても「美味しいものを食べる」ことを「拒否し続けること」はストレスです。

 

「松茸ごはん」と「かに雑炊」の二回くらいは食べてもいいでしょう。

 








          たきがみ博士の想い

 

誰でも、自分の中に伝統がある。自分が経験したすべての過去の累積、それが”いま”のわたし。

過去とは思いだすこと、現在(いま)は過去の必然、そして、未来は想い、選択すること。

いまは、変えられない。

しかし、人には明日があり、未来がある。明日は、こうありたいと想いを持つことができる。

 

すてきな明日に向かって、”これからへの想い”を具体化するJourney、しっかり楽しみたいと思います。

そして、”いま、ここ”を丁寧に活きる。

みずからの人生の軌跡を、すてきな笑顔でみつめるために。

 

旬(ときめき)亭 亭主 たきがみ博士
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☆他人に期待すれば不満になり、

  自分を信頼すれば自信になる 

☆人間関係とは、他人を通して自分自身

  との付き合い方を学ぶ機会なり 

☆自分の短所を受け入れるとき、

  自分らしさという魅力が生まれる 

☆最も空しい人生とは、

  すべてが思い通りになる人生である 

☆幸せは得るものではなく、気付くもの


☆樹木は、上に伸びる前に下に伸びる 

☆他人との対立は、

  自分の心の中の対立に過ぎない 

☆幸せだから感謝するのではなく、

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☆孤独を知らなければ、

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