がんになった後、アキさんの中で優先順位が変わった。
競争に勝つことへの興味はなくなった。
お金にも執着しなくなった。
若い人を育てることへの関心が高まった。
「あと、肉を食べるのをやめたのです。
ひとつはゲンかつぎかなあ。
それ以上に、動物を食べたくなくなった。
牛とか馬とか豚とか、生命を奪いたくない。
何も食べないわけにはいかないので、チキンと魚ぐらいは良しとしていますが」
がんサバイバー特有の孤独感は、今なお、アキさんを包んでくる。
それを押し戻すかのように、朝晩に海岸を散歩する。
「子どものころに海辺に住んでいたことがあるんです。
波の音を聞くと安らぎます。
霧笛を聞くと、自分が始まったところに戻ってくるような気がします。
同時に、人間的に成長しないまま生きてきたなあ、と思ったりもしますが」
「お任せ医療」からの脱却だ。
誰もが確定申告をする米国では、納税者意識が高い。
医療に対しても同じだという。
「患者が自分で決めて、選択に責任を持つという姿勢が重要です。
がん医療は日進月歩で、歴史を振り返っても、最善だと思われた医療が覆っています。
だからこそ、患者は『任せきり』にせず、正しい情報を武器に、がんに立ち向かってほしい」
日本人はどうしても医師に遠慮して、聞きたいことも聞けずに診察を終えてしまうケースも少なくない。
しかし、ほかならぬ自分の命をめぐる話なのである。
患者が正念場に立つのは、実は、治療中だけではない。
治療中は患者も戦闘モードに入っているし、周囲や医療者もそれに応えてくれる。
ところがその後は、いったん日常生活に放り出されてしまう。
アキさんは、むしろ一連の治療が終わった後のほうが厳しかったという。
「身の置き所のない不安感というか孤独感に襲われて、一番つらい時期でした。
患者は、がんを忘れることはありません。
リビングウィズキャンサー。
がんと共に生きる、という感じでしょうか。
お腹が痛いと、ひょっとしたら再発かな、と思ってしまう。
検査で『肺に影があるかもしれない』と言われると、マティーニ6杯も飲まないと落ち着かない」