マインドフルネス                   スティーヴン・マーフィ重松


瞑想を中心にしたプログラムで、集中力・傾聴力を高める「マインドフルネス」。

 

これは、いまストレスの低減法として、あるいは学習効果を高める方法として、そしてビジネス分野ではリーダーシップ養成として、グーグル等、米国の大企業でも採用されている大注目の技法だ。

 

タイム誌は、その表紙で「マインドフル・レボリューション」を宣言し、マインドフルネスを「ストレスで疲れ切ったマルチタスキング(同時処理)文化に心の集中を見いだすサイエンス」と呼んだ。

 

その特集記事を読むと、健康と幸福のための秘訣として、一般大衆がいかにマインドフルネスに取りつかれているかを描きながら、それを単なる「最新の一時的な流行」として片づけることはできないと述べている。

 

今やマインドフルネスは社会の主流となり、その実践方法や私たちの生態、心理、社会関係に及ぼす効果がますます立証され、さらに強固な支持を獲得しつつある。マインドフルネスを磨けば自分や自分と人生を共にする人々に大きな利益をもたらすという科学的根拠は人々の心をつかんではなさない。

 

これまでにないほどマインドフルネスが必要とされているのは、ストレスで憔悴しきった現代人が、複数のことを同時に処理する生活を送るなかで、集中できる時をなくしているからだろう。

 

スマートフォンに病みつきになった私たちは、通りを歩いていても、電車に乗っていても、待合室で待っている時にも、顔を下に向けてその世界に浸っていることが多い。もちろんそれには良い点もあるが、その場にいるということから気が逸れてしまっている。

 

ほんの少しでも手があけばスマホに没頭していて、ただ呼吸している状態でいたり、自分の内や外で起きていることに気づかない。ただ「そこにいる」だけではわずかな時間を過ごすにも落ち着かないのだ。 

 

マインドフルネスとは、瞑想習慣であるとともに、覚醒した瞑想とでもいうべき状態をいう。それは集中力、感情のコントロールなど、トップとして必要な資質全般にわたって影響を及ぼす。

 

また、マインドフルネスは私たちを人間たらしめる多くの重要な性質、たとえば、先天的に備えている共感力、思いやり、親切心によって私たちは互いに深くつながっていることを理解する能力にも作用する。

 

そのため、マインドフルネスを実践することで、注意力、衝動抑制、感情抑制が改善するばかりか、人々が共感、思いやり、親切心によってつながっていることがわかるようになってゆく。

 

マインドフルな知能が持つ深い意味は、「智慧」という漢字のなかに表されている。「智」が意味するのは知識であり、「慧」は祝福、優美、親切、慈悲、善意、洞察などの意味だ。つまり、智慧とは単なる知識ではなく、洞察や祝福をも含むのである。

 

本来、東洋の一部の宗教者だけが達し得る能力というイメージを持たれていたマインドフルネスだが、今では欧米はじめ、大衆文化の一部となっている。

 

医療の世界は、マサチューセッツ大学医療センターの「マインドフルネス・ストレス低減プログラム(MBSR)」によって最初に導入がなされ、今では世界中の200を超える医療センターで実施されている。

 

マインドフルネスはさらに、教育、舞台芸術、法律、リーダーシップ、ビジネスなどのさまざまな専門分野においても、効率性を高め、幸福と健康を増進するとの期待から適用されている。

 

また、シリコンバレーの起業家、国防長官、プロスポーツのコーチ、フォーチュン誌が選ぶ500大企業をも含むリーダーたちの間でも急速に支持を獲得している。

 

とりわけ興味深いのがビジネス界への適用である。というのもマインドフルネスとテクノロジーは逆方向へと引っ張り合うように思われるからだ。

 

マインドフルネスとはとにかくペースを落とし、心をからっぽにすることなのだが、一方、デジタル革命は私たちの生活のスピードを速め、途方もない量の情報で私たちの頭を埋めようとする。

 

しかし、この厳しい経済状況下で拡大を目指す企業らによって、マインドフルネスとは幸福・健康に良いだけでなく、あらゆるビジネスでの競争力を高めると実証された強みでもあることが、理解され始めたのである。

 

グーグルに代表される大企業はマインドフルネスの実践の活用に打ち込み、生産性と創造性、最終的には日々の幸福感を高めることによって、従業員の公私にわたる生活を改善しようと努めている。

 

マインドフルネスとは自分が何者であるかを探り、自分の世界観と自分のいる場所を問いながら、意識を目覚めさせて自己や世界と調和して暮らすことである。

 

瞑想をベースにしているとはいえ、マインドフルネスを実践するのに、わざわざ特別な場所を探す必要はない。何もせずじっと自分の呼吸に耳を傾けるだけの時間を生活のなかに少し作れば十分だ。生きている瞬間の豊かさへの感謝が育まれていくだろう。

 

ベトナム人僧侶のティク・ナット・ハンはマインドフルネスの有名な提唱者だが、彼は、マインドフルネスを「今・この瞬間」にたいし気づき目覚めている力、すなわち日常生活のあらゆる瞬間において人生に深く関わるという絶え間ない実践だと説明する。

 

彼は強調する。

 

「私たちの本当の住まいは過去にはありません。未来にもありません。それは『今・ここ』にあるのです。人生は『今・ここ』でしか手に入らず、それこそが私たちの本当の家なのです」

 

マインドフルネスはすでに私たちの暮らしのなかにある幸福に気づかせてくれる力なのだ。それは日常生活の一瞬一瞬に存在している。あなたが息を吸い込む時にその呼吸を意識するなら、生きている奇跡に触れることになる。マインドフルネスが幸福と喜びの源であるとはそういうことだ。

 

現実には、ほとんどの人が多くの時間をその場に十分に存在することを意識せずに過ごしている。不安、恐れ、怒り、後悔の念などに囚われマインドフルになれずにいる。体はここにあっても、あなたが本当にここにいるわけではない。過去や未来に捉えられてしまっている。「今・この瞬間」に存在して人生を深く送ることができていない。

 

マインドフルネスの起源はアジアにあるが、エマソンやソローのようなアメリカのトランセンデンタリスト(超絶主義者)たちもこれの支持者だったといえるだろう。『森の生活』のなかで、ソローは「今・この瞬間」を生きることや、インド哲学と仏教についても言及し、マインドフルネスと自然理解の間に明確なつながりを描いている。

 

マインドフルネスとはある特殊なやり方で注意を払うこと、つまり意識的に、今という瞬間において、価値判断を加えることなく、注意を払うことである。こうすることで大きな気づき、明瞭さ、その瞬間の現実への受容力が養われていく。

 

またそれは人生とは瞬間瞬間においてのみ展開するものだという事実に目を開かせてくれる。その場に十分に存在することなくそうした瞬間の多くを過ごせば、人生でもっとも貴重な何かを逃してしまうばかりか、自分が持つ成長や変容の可能性の豊かさ、深さを知らずに一生を終えることになるだろう。

 

マインドフルネスとは、今この瞬間のみが自分が手にできるもののすべてであることを理解し、「今」を人生の最大の焦点とすることである。

 

ふだん、私たちは過去と未来ばかりに生きており、「今」にはちょっと立ち寄るぐらいで過ごしているが、「今」にこそ自分の居場所を据えて、人生の現実的側面に対処する必要がある時だけ過去や未来をちょっと訪れるというのがマインドフルネスなのだ。

 

それは今この瞬間にいつもイエスと言い、人生にイエスと言うこと、現実に身を任せ、受け入れて行動すること。「今・この瞬間」に注意を注ぎ続けることで「今」に感謝し、意識的に生きる技法だと言ってもよいだろう。

 

それは優しく、感謝に満ち、人を育むものであって、生きることを当然だとはけっして考えない。自分自身の知恵や生命力とのつながりを取り戻す、単純だが強力な方法である。自分自身はもちろんのこと、家族との関係、仕事との関係、もっと大きな世界や地球との関係も含めて、自分の人生の方向と質に責任が持てるようになる方法なのだ。

 

マインドフルネスは個人的利益をもたらすだけの利己的な個人活動などではない。

 

スタンフォードで私が教える講座のひとつは「私たちに、世界に、平和を創造する」というタイトルとなっている。ここでは、人々の支援に思いやりの心を持ち込む時には、私たち個々の成長がいかに外へと拡大し得るものかを学んでいる。

 

苦しむ人々を救うのは、どのような行為や話よりも私たちの在り方である。人生、愛、他者への敬意などについての私たちの考え方や、自分自身の苦しみへの気づき、私たちが通り抜けた苦しみの程度なのである。

 

ティク・ナット・ハンはこのように述べている。

 

「他者に差し出すことができるもっとも貴重な贈り物は私たちの存在です。マインドフルネスのなかに愛する者たちを受け入れるなら、彼らは花のように開くでしょう。奇跡というのは水の上を歩いてみせることではありません。奇跡とは緑の大地を歩くこと、『今・この瞬間』に深く存在し、完全に生きていると感じることなのです」(Thich Nhat Hanh『Peace is Every Step』)

 

マインドフルネスを考えるひとつの簡単な方法が次のABCである。

 

A=Awareness(アウェアネス、気づき)。自分が考えていること、していることをもっと意識できるようになること。自分の心や体の中で起きていること、自分の思い、感情、感覚を認識すること。

 

B=Being(存在すること)。価値判断や自己批判、そして何かを絶えずしていなければならないという考えを一時的にやめて、ただ自分の経験とともにあること。

 

C=Clarity(明瞭さ)。なんであれ自分の生活で起こりつつあることに注意を向けて、はっきりと眺めること。自分が望むようにではなく、あるがままに物事を見ること。



マインドフルネス                                                                  TABI LABO


マインドフルネスの定義は、「今この瞬間に、価値判断をすることなく、注意を向けること」。

この根元にある概念は、日本人にも馴染みが深い「禅」に通ずるものがあります。

禅僧でありながら医師の肩書きを持つ川野泰周さんの著書『あるあるで学ぶ余裕がないときの心の整え方』では、ストレスを感じる人はまず心を整えることが重要だと説いています。

 

 

01.景色が色を失ったように見える → 目に映り込んだ「色」に集中

その時々の心のあり様によって、物の見え方すら変わることをご存知でしょうか。

私(著者)は精神科医として診療を続けるなかで、多くのうつ病患者さんを治療させていただきました。

うつ病の一番重い時期には、仕事を休んで心の栄養を充電しなくてはならないことがあります。

そんな状態になった人が口にする言葉。

それは「景色が色を失ったように見える」です。

これは景色に色がついていることは理解しつつも、視覚刺激に反応する心のエネルギーが枯渇しているために起こります。

 

この症状は、うつ状態から回復すれば取り戻せます。

そこまで重度ではないにしろ、同じような症状を感じたことはないでしょうか。

気分がパッと晴れない人は、「マインドフルネスに見る」ことで、風景が変わっていくかもしれません。

方法はとても簡単。

視覚に集中して、目に映りこんだ色をつぶやくだけです。

ここでのポイントは、できる限り詳しく色をイメージすること。

ただ単に「水色」「緑」と色を言うのではなく、「澄んだ水色」「濃い緑」というように、色を細かく観察します。

そうすることで脳内に色彩のイメージがつくられていくのです。

重要なのは、何気なく見過ごしていた景色の美しさに気づくこと。

景色がよどんで見えるのであれば、視点を変えてみましょう。

 

02.イライラして、食べすぎちゃう  → 少ない量を全身全霊で食べる

食べ過ぎてはいけないとわかりつつ、食欲をコントロールできない…という経験は、少なからず誰にでもあることではないでしょうか。

食べる行為は、元来私たちが生命を維持するために必須の行動ですが、同時に心のバランスを保つための大きな役割を担っています。

よって、ストレスが蓄積したときに「やけ食い」のような、適正量を超えて食べる行動が選択されやすいのです。

食べ過ぎで困っている人にオススメなのが「マインドフルネスに食べる」こと。

言い換えるなら、「全身全霊で食べる」ということです。

目の前の食べ物にすべての注意を向けて、一口を味わい、大切にいただく。

ストレスがたまって思いきり食べたいときほど、いつもの半分の量の食事を、ゆっくりと噛みしめながら時間をかけて食べてみてください。

その体験はきっと、単に食事をコントロールすることだけでなく、心を軽くする訓練になるはずです。

 

03.気がつけばいつも…スマホ中毒  → 「本当に必要なもの」に絞る

つねにスマホが気になってしまう人のほとんどが、無意識に同じ動作を繰り返しています。

これを「自動操縦」と言い、「今この瞬間に、価値判断をすることなく、注意を向けること」を定義とするマインドフルネスとは、正反対の概念なのです。

つまり、心が今この瞬間に向かず、過去からの引力に引きずられている状態。

ここで禅から学ぶことがあります。

名高い禅寺の僧堂には、必要最低限の物しかありません。

周囲にいろいろな物があれば、それぞれに気を配る必要が生じ、瞑想に集中しにくくなります。

気が散る物を置かないというのは、禅宗の長い歴史で培われた先人たちの知慧です。

スマホにあるいくつかのアプリは、あなたの人生において本当に重要でしょうか、重要でないと判断した場合は、速やかにアンインストールし、無駄を省いていきましょう。

 

04.休日も仕事が頭から離れない  → 4つのチェックリストを

せっかくの休みなのに、未解決の仕事で頭がいっぱい…。

職場にはいかないものの、休日でも常に仕事のことばかり考えていませんか。

クタクタに疲弊する前に、まず以下のことが休日中に実行できているかチェックしてみましょう。

 

1.リラクゼーション

神経をしっかり休ませているか

 

2.レスト

体をしっかり休ませているか

 

3.レクリエーション

遊んだり笑うことで気分を変えられているか

 

4.リトリート

普段の生活と離れて静養できているか

 

もし、実行できていないのなら、まずはこの4つから始めてみると良いでしょう。

ちなみに、禅的にいうリトリートは旅行とは少し違います。

海や山へ行き、非日常に身を置いて、心身を静養すること。

プチリトリートとして、他人の視線を感じない場所、他人から話しかけられない場所に身を置くのも良い方法です。

 

限界を感じる働き方をすると、必ず心が壊れます。 そうなる前に、この4つの行動を心がけ、自分の心と体を回復させることに努めてください。

 








          たきがみ博士の想い

 

誰でも、自分の中に伝統がある。自分が経験したすべての過去の累積、それが”いま”のわたし。

過去とは思いだすこと、現在(いま)は過去の必然、そして、未来は想い、選択すること。

いまは、変えられない。

しかし、人には明日があり、未来がある。明日は、こうありたいと想いを持つことができる。

 

すてきな明日に向かって、”これからへの想い”を具体化するJourney、しっかり楽しみたいと思います。

そして、”いま、ここ”を丁寧に活きる。

みずからの人生の軌跡を、すてきな笑顔でみつめるために。

 

旬(ときめき)亭 亭主 たきがみ博士
  たきがみ博士


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☆他人に期待すれば不満になり、

  自分を信頼すれば自信になる 

☆人間関係とは、他人を通して自分自身

  との付き合い方を学ぶ機会なり 

☆自分の短所を受け入れるとき、

  自分らしさという魅力が生まれる 

☆最も空しい人生とは、

  すべてが思い通りになる人生である 

☆幸せは得るものではなく、気付くもの


☆樹木は、上に伸びる前に下に伸びる 

☆他人との対立は、

  自分の心の中の対立に過ぎない 

☆幸せだから感謝するのではなく、

  感謝するから幸せを感じる 

☆孤独を知らなければ、

  本当の繋がりが分からない 

☆内側から生まれてくる至福は、

  失うことがない


天城流湯治法の天健躰操 【始動法】

寝る前、起きた時 3ポーズで5分間

肩こり、腰痛・しびれから解放