日本人のがん罹患数が多い部位は、(男女合計すると)大腸がんです(国立がん研究センター統計2015)。
大腸がんの多くは、結腸の慢性的な炎症が原因です。
結腸の炎症を抑制する栄養素として、「ビタミンD」や、腸内細菌が食物繊維を発酵して生成される「酪酸」が注目されています。
腸内フローラにいる酪酸産生菌は食物繊維を発酵することで、その名のとおり酪酸を生成します。
この酪酸は大腸のエネルギー源として利用されます。ちなみに、酪酸は、酢酸やプロピオン酸とともに「短鎖脂肪酸」と呼ばれています。
酪酸が注目されているのは、このように結腸のエネルギー源としてだけでなく、抗炎症作用、抗腫瘍効果、抗アレルギー効果など多岐にわたる重要なメディエーター(仲介役)にまで及んでいるからです。
酪酸は、ケトン体(βヒドロキシ酪酸)様物質といってもいいでしょう。
実際に、潰瘍性大腸炎や大腸がんの患者の調査では、酪酸産生菌が顕著に少ないことが報告されています(Frank,2007;Wang,2012)。
大腸にきちんと酪酸が存在すれば、潰瘍性大腸炎の炎症を抑制します(Hamer et al,2008)。
酪酸が抗炎症作用や抗がん効果を発揮するには、結腸細胞などにある酪酸の受容体GPR109Aに結合する必要があります。
このGPR109Aが活性化して、免疫細胞へシグナリングがはじまり、そして抗炎症作用が促進されるのです。
GPR109Aの活性化には、酪酸というリガンド(特定の結合体)が必要なのですが、実はGPR109AはビタミンB3である「ナイアシン」の受容体でもあることがわかったのです(Blad,2012;Ganapathy,2013)。
ちなみに、ケトン体の一つであるβヒドロキシ酪酸もこのリガンドです。
結腸に存在するナイアシンは私たちが食べた食品中の栄養素ではなく腸内細菌の発酵によって産生されたものがほとんどで、これが結腸の受容体に届くと、腸の炎症を抑制します。
GPR109A活性化により、結腸の抗炎症作用を促進し、さらに炎症の止め役であるTreg細胞や、IL-10(という抗炎症を情報伝達するサイトカイン)を分泌するT細胞への分化を誘導します。
こうして、ナイアシンはGPR109A依存により、潰瘍性の大腸炎や結腸がんを抑制します。
実際に、腸内細菌叢(特に酪酸産生菌)の減少や、食物繊維食の枯渇は、大腸炎や発がんのリスクを増加させますが、この状況下でもナイアシンが結腸に届けば、GPR109A活性化によって抑制することがわかっています(Nagendra,2014)。
ところが、食品に含まれるナイアシンは、基本的に胃や小腸(空腸)で吸収されるため、大腸(結腸)には届きません。
そのため、食物繊維摂取による腸内細菌叢のナイアシン生成が頼りになります。
しかし、最近では、高用量のナイアシン摂取をすれば、GPR109Aを活性化するだけの十分なナイアシンが結腸に到達することが報告されています(Nagendra,2014)。
つまり、薬理学的な高用量ナイアシンが結腸の抗炎症および抗がん作用を発揮する可能性が高いといえます。
そもそも、ナイアシンは別機序においても、胃や腸の粘膜保護の働きをする栄養素です。
ナイアシンは、細胞膜のリン脂質からアラキドン酸を放出する酵素ホスホリパーゼA2を刺激する役割を担います。
遊離したアラキドン酸はさまざまな酵素によって代謝され、PGD2、PGE2、PGI2などのプロスタグランジンと呼ばれるホルモン様伝達物質に変換されます。
PGE2は、最も多く産生されているプロスタグランジンで、粘膜細胞に隣接する血管を拡張・弛緩することで、粘液分泌や粘膜保護作用を発揮させるのです。
こうした機序から、ナイアシンはアラキドン酸カスケードを介して、胃や腸の粘膜を正常化する重要な働きをします。
大腸がんを予防したり、抗がん作用を発揮させるには、GPR109Aを活性化することが一つのカギとなっています。
この受容体のリガンドは、酪酸、βヒドロキシ酪酸、そしてナイアシンです。
大腸にナイアシンを到達させるには、食物繊維食の習慣化、または、高用量のナイアシンが有効だといえるのです。