ケトン食というと「何、それ?」といった反応が返ってきそうです。
一般にはおよそなじみのない言葉でしょう。
でもこのケトン食、実は小児科の領域では認知度は高いのです。
通常のてんかんの薬を飲んでも、ひきつけの発作が治まらない難治性てんかんの子供の治療法の一つとして確立されているからです(日本小児神経学会)。
アカデミー主演女優賞を2度受賞している大女優のメリル・ストリープが主演し1997年に製作されたテレビ映画「誤診」(原題:...First Do No Harm 何よりも害を成すなかれ)は、このケトン食療法がテーマです。
「難治性てんかんの子供が、薬物療法を受けるものの効果がなく副作用に悩まされ、脳の外科手術をするしかないと言われていたが、ケトン食療法によって治る」というストーリーです。
実はこの映画、監督のジム・エイブラハムズの息子チャーリーが、実際に難治性てんかんをジョンズ・ホプキンズ大学(米国)で受けたケトン食療法で克服したことから製作されました。
この映画には、ケトン食療法によっててんかん発作が消失した患者たちが「役者」として何人も登場しています。
ケトン食とは何か
では、ケトン食療法がどんな内容かというと、米やパンなど炭水化物はできるだけ食べないようにして、砂糖の代わりに人工甘味料を使用し、卵、豆腐、肉、魚主体の食事に食用油を添加します。
そして「脂肪:非脂肪(たんぱく質+糖質)」の重量比の値を、3:1~4:1に保つことを目標とします。
かなり厳しい食事制限ですが、現在ではこれをモデルにした、たんぱく質を制限しないで糖質を10~15g/日までにして、脂肪を多めに摂取する修正アトキンス食なども有効性が報告されています。
ケトン食療法により、てんかんの子供の約半数で発作が50%以上減少し、このうち15%の子供では発作が完全に消失すると報告されています。
効果を確認するのに最低1カ月は続け、微調整しながら2年程度続けるのが一般的です。中止する際には段階的に食事制限を緩める必要があります。
ケトン体とは、空腹時や睡眠時に日常的に、肝臓で脂肪酸が分解されて作られる物質です。
ケトン食は「スーパー糖質制限食」以上の超高脂肪食で、脂肪からケトン体への変換を起こし血中ケトン体値を通常の30倍から50倍という高値にします。
ケトン体がブドウ糖の代わりのエネルギー源として利用されることに、「ケトン食」の名前は由来しています。
実際に脳をはじめとして、体中のほとんどのエネルギー源としてケトン体が利用されます。
ケトン食ほどではありませんが、スーパー糖質制限でも、血中ケトン体は高値になります。
ケトン食療法の作用メカニズムはいまだ解明されていませんが、糖質制限食の効果との関連も考えられるので、私は以前から興味を持っていました。
ケトン食の歴史
ケトン食が考案されたのはそもそも、断食が、てんかんに有効な場合があると知られていたことが背景にありました。
古くは、「医学の祖」とも称される古代ギリシャの医師、ヒポクラテス(紀元前5~4世紀)が、てんかんに断食が有効であると述べています。
ヒポクラテスは迷信や呪術を排して、科学に基づく医学の基礎を作ったと言われている人です。
そして1920年代に欧米で、てんかんに対する断食の効果についての複数の論文が発表されました。
このころ、なぜ断食がてんかんに有効かということが考察され、「血中ケトン体の上昇」が密接に関わっていることが指摘されました。
そして断食というつらい「行」をしなくても、血中ケトン体を上昇させる食事をすれば、てんかんに効果があるのではないかという仮説のもとに誕生したのがケトン食療法です。
21年、メイヨークリニック(米国)のワイルダー(Wilder)博士によって、作られました。
ケトン食療法は抗てんかん薬が普及した後は、厳しい食事制限のために継続が難しかったため、一部の施設でしか行われない特殊な治療法になっていました。
しかし、前述した映画監督ジム・エイブラハムズが94年に設立した、チャーリー財団による研究支援や啓発活動などによって、近年再び脚光を浴びるようになりました。
その効果が証明され、推奨される治療法の一つになったのはわりと最近のことです。
長年「しっかりとした医学的エビデンス(根拠)がない」とされてきましたが、2008年と09年に、ランダム化比較試験などによりその医学的根拠を示した研究結果が報告され、ケトン食療法の有効性が証明されました。
そして世界的に権威のある治療ガイドラインのCOCHRANE LIBRARY(コクラン ライブラリー)10年版と、NICE(英国国立医療技術評価機構)が発行するガイドライン11年版で、ケトン食療法は難治性小児てんかんの治療に採用されました。
その有効性が、90年の時を経てついに評価されたのです。
権威のある二つのガイドラインが、ケトン食に対して明確にポジティブな評価を与えたことは歴史的転換点でした。
ケトン食の可能性
従来は「最後の選択肢」として用いられることが多かったケトン食療法ですが、その有効性が科学的に証明され、またもう少し続けやすい修正アトキンス食などが考案されたことにより、世界的には小児難治性てんかんに対する「早期からの選択肢」となりつつあります。
さらに、てんかんの発作抑制だけでなく、ぼんやりとしていた子供が生き生きとしてきたり、多動な子供が落ちついてきたりなど、精神行動面での改善も指摘されています。
近年は、成人の難治性てんかんの治療にも採用されるようになり、自閉症やアルツハイマー病など、てんかん以外の神経精神疾患への効果も研究されています。
日本では欧米ほど普及していませんが、いくつかの小児医療施設で、ケトン食療法を受けることができます。
なお、脂肪酸代謝異常などの病気がある場合にはケトン食療法はできません。
また、嘔吐(おうと)、下痢、便秘、低血糖や、長期的には低身長、体重増加不良、腎結石などの副作用も報告されていますので、始めるに当たっては、必ず専門医と栄養士による診察、指導を受けてください。
『摂取カロリー比優先』か『ケト適応優先』か
「糖質制限食」の「定義」は「一日の糖質摂取量が130g以下」というのが一般的である。
しかし「小柄な日本人」にとって「欧米人での摂取量」では多すぎるかもしれない。
一方「江部先生」は「スーパー糖質制限食」の目安として「一日の糖質摂取量を60g以下」としているが「糖質制限」を行うにあたって「体重」は倍ほど違うこともあるので「糖質の重量」ではなく「一日の総摂取カロリー」のうち「糖質の割合」で考える方が「ベター」と思われる。
例えば体重60㎏の方が「総摂取カロリー2000㎉」として「糖質・たんぱく質・脂質」の摂取割合を「2・3・5」とした場合「糖質は400㎉」すなわち「重量では100g」となる。
さて「本人にとって最も適した摂取割合」は「何を基準に決めたらよい」のであろうか。
「糖質制限」の目的は「がんの治療」という特殊な例を除いては「糖尿病の治療食」か「非糖尿人」の「減量」「体質改善」「健康維持」が主たるものである。
「糖尿人」にとっては当初「血糖値管理」が「優先」されるが「低インスリン治療」という概念が導入されると「脂質代謝改善」の方が「優先」される。
「非糖尿人」の場合は「血糖変動の安定」が当初の目的になることが多く、次に「ケトジェニックモード」への「転換を達成」することでの「メリットを享受」することになので、結局は「低インスリン状態」での「脂質代謝改善」を「優先」していることになる。
したがって「糖尿人」も「非糖尿人」も「ケト適応」を目指していると言ってよいだろう。
「ケト適応」が「優先」するとして「総カロリーにしめる三大栄養素」の「適切な摂取割合」は「インスリン分泌能亢進型」あるいは「低下型」によってだけでなく「様々な要因」によって変わってくるだろうことは「一律の糖質制限食」で「上手くいかない症例」が「続出」している現実を見れば容易に想像がつく。
「糖質制限食」には「個別化が必要」であり「三大栄養素の摂取割合」だけでなく「いつ・何を・どのように食べるか」まで考えないといけないことは「これまで何度も繰り返して述べてきた」が「現実としてどれだけ『三大栄養素』を摂取したかを正確に把握することは不可能である」また「いちいち計算すること自体ストレスになる」
したがって「摂取カロリー優先としてもせいぜいおおざっぱな比率しか提示できない」
一方「ケト適応優先」とするなら「ケト適応の定義」に「コンセンサス」が必要であるが現時点でそれにあたるものはない。私自身が「勝手に定義」しているに過ぎない。
付け加えるならば「糖質制限食の実践者」で「血中ケトン体濃度」を正確に把握している方の割合はいかほどのものであろうか。おそらく1割にも満たないのではないかと思う。
したがって「ケト適応を優先としても現実問題として正確な状況は把握できない」
「血糖値が高くてもそれはブドウ糖が有効利用されているとは限らない」と同様「ケトン体濃度が高くてもケトン体が有効利用されているとは限らない」
つまり「ケトン体濃度」を競っても無意味かもしれない。
だとすると「糖質制限を実践する」ということの意味を各自「今一度振り返って考えてみる」ことも必要かもしれない。
糖質制限食とは切っても切れない関係のある「ケトン体」についてのよくある誤解について述べたいと思います。
そもそもケトン体とは、一般社会ではほとんど耳慣れない言葉です。
そして医学界においては、ほとんどの医師が「ケトン体は人体において悪者である」という大きな誤解、先入観を持っています。本当にそれは正しいのでしょうか。
ケトン体とは、空腹時や睡眠時などに脂肪酸が燃焼する時、肝臓で作られる物質のことで、心筋、骨格筋など人体の多くの組織のエネルギー源となります。
医学・生化学の世界においては、「β−ヒドロキシ酪酸」「アセト酢酸」「アセトン」−−の3者を、ケトン体と総称してきました。人体で日常的にエネルギー源として利用されている主たるものは、この3者のうちβ−ヒドロキシ酪酸です。
アセトンはエネルギー源として利用されません。
ケトン体はすべての人に日常的なエネルギー源
血液検査でケトン体を調べようとすると、「β−ヒドロキシ酪酸濃度+アセト酢酸濃度=総ケトン体濃度」として、データが出てきます。
糖質を普通に食べている人の、血中総ケトン体の基準値は、「26〜122μmol/L」くらいになります。
糖質を食べている人でも、日常的に24時間、血中ケトン体は存在しているわけです。
糖質摂取開始後2時間までは、心筋や骨格筋の主たるエネルギー源は食事由来のブドウ糖ですが、糖質摂取開始後4〜5時間くらい経過した空腹時には、心筋や骨格筋の主たるエネルギー源は「脂肪酸が燃焼してできるケトン体」に切り替わっていきます。
つまり糖質を摂取している人でも、夜間睡眠時とか、日中でも空腹時は、心筋や骨格筋の主たるエネルギー源は、実はブドウ糖ではなく「脂肪酸−ケトン体」なのです。
夜間睡眠時や空腹時などにもブドウ糖をエネルギー源としているのは、赤血球、脳、網膜など特殊な細胞だけです。
つまり、ケトン体はすべての人類において、ごく日常的なエネルギー源として利用されています。
この生理学的事実を多くの医師、栄養士がご存じないのは大変困ったもので、医療現場で混乱のもととなっています。
生理的ケトン体上昇は安全
スーパー糖質制限食実践者の場合は、食事中にも「脂肪酸−ケトン体」がエネルギー源として利用されています。
つまりステーキを食べている最中にも、脂肪は分解されて燃えているわけです。
血中ケトン体濃度は、現行の基準値よりはるかに高値(200〜1200μmol/L)となりますが、単に生理的な反応です。
ケトン体のアセト酢酸とβヒドロキシ酪酸は酸性が強いので、ケトン体が血中に多くなると血液や体液が酸性に傾きそうになりますが、健康な人であれば、血液の緩衝作用や呼吸、腎臓の調節作用によって正常な状態を保ちます。
「ケトン食」だと血中ケトン体は4000〜5000μmol/Lとなります。
人類700万年間の狩猟・採集時代は糖質制限食でした。
私たちのご先祖は、日常生活の多くの場面で同様に「脂肪酸−ケトン体」をエネルギー源としていたと考えられます。
このことは、備蓄エネルギーとしてみると、体脂肪が10kgあれば9万kcalとたっぷりあるのに対して、肝臓や筋肉に蓄えられるブドウ糖(グリコーゲンに変換)の量には限界があり、一般的な蓄積量250gではわずか1000kcalしかないことからも推察されます。
すなわち人類において身体の多くの細胞の主たるエネルギーシステムは「脂肪酸−ケトン体」で、「ブドウ糖−グリコーゲン」は、闘争、逃走などで激しく筋肉を収縮する緊急事態や、運良く糖質を摂取できたときだけの予備のシステムであったと考えられるのです。
糖尿病ケトアシドーシスは危険
一方、糖尿病でインスリン作用が欠落している時に血中ケトン体濃度が高くなる「糖尿病ケトアシドーシス」は、重篤な病態で危険です。
血糖値が300〜500mg/dL以上もあり、口渇・多飲・多尿・腹痛・悪心・嘔吐(おうと)・脱水・意識レベル低下、尿中ケトン体が強陽性−−などの症状があれば、糖尿病ケトアシドーシスと診断できます。
生理的食塩水の点滴や、速効型インスリンの静脈注射など緊急的な治療が必要となります。
糖尿病ケトアシドーシスは、インスリン作用の欠乏による全身の高度な代謝失調です。
強調しますが、インスリン作用の欠乏がすべての出発点ですから、それがなければ起こらない病態です。
インスリンが不足した状態では、糖利用の低下、脂肪の代謝が進み、血中にケトン体が蓄積します。
つまり、インスリンが欠乏した結果として、ケトン体が高くなるわけです。
ケトン体の高値は、始まりではなくて、あくまでも結果なのです。
先ほど、ケトン体が血中に多くなると血液や体液が酸性に傾きそうになるが、健康な人であれば、正常な状態を保つと言いました。
しかし糖尿病ケトアシドーシスの状態では、代謝が破綻していて脱水が生じ、この緩衝作用もうまく働かず、ひどくなると意識障害を来し、治療しなければ死に至ります。
糖尿病ケトアシドーシスは、実際には、1型糖尿病患者さんが糖尿病以外の病気にかかった時や、インスリン注射を中断した時に起こることがほとんどです。
「生理的なケトン体濃度の上昇」と「糖尿病ケトアシドーシス」は全く異なる
すなわち、インスリン作用がある限り、血中ケトン体濃度が現行基準値より高値でも、糖尿病ケトアシドーシスにはなりません。
言い換えると、インスリン作用が欠乏していない限り、「糖尿病ケトアシドーシス」は生じないのです。
このように、「生理的なケトン体濃度の上昇」と「糖尿病ケトアシドーシス」は、全く異なる状態であることを知る必要があります。