老いることはポジティブ


高齢者は孤独なのではなく、毅然としているのだ。無力なのではなく、おだやかなのだ。依存的なのではなく、親しみやすいのだ。外見に魅力がないのではなく、内面が深いのだ。そして、頭の回りが鈍いのではなく、思慮深いのだ。

 

 「老いの神話」を打ち破る作業は、すでに紀元前1世紀に古代ローマの賢人キケロが『老境について』という本で行っています。キケロは大カトーに託して、老年について次のようにポジティブに語っています。老年になれば確かに「青春と活気」を必要とする若者の仕事からは引退しなければならないが、世の中には老人に適した多くの仕事がある。むしろ偉大な仕事は老人の「知恵や知識」によって成し遂げられるのであるとキケロは宣言しています。

 

 また、老人になると物忘れがひどくなりぼけてくるという偏見に対しては、熱意と活動とが持続しているかぎり、老人にはその知力がとどまっているのだと反論しています。

 

 さらに、肉体的能力の衰えについては衰えをまったく否定するわけではなく、むしろ老年にふさわしい肉体的健康をポジティブに受け入れることが大切であるとキケロは強調しています。自分がいま、青年の持つ体力を実際欲しがっていないのは、あたかも青年時代に雄牛や象の持っている体力を欲しがっていなかったのと同じである。自分が持っているものを使うと、またなにごとをなすにしても、自分の力にふさわしいことをなすのが正常なことだ。キケロはそう言うのです。

 

 老人は、失われた若者の体力を基準にして老年の非力を嘆くのではなく、現在の自分をあるがままに肯定すること、年輪によって育まれた知恵と見識を発揮することに現在を生きることの意義を見いだしうること、これがキケロが力説してやまない点でした。『老境について』は老年論の古典となり、キケロの老人観はヨーロッパの伝統として生き続けてきました。

 

 他にも、世界中のさまざまな文化が「老い」から「死」へのプロセスをポジティブにとらえています。日本の神道では、「老い」とは人が神に近づく状態です。神への最短距離にいる人間のことを「翁(おきな)」と呼びます。また7歳以下の子どもは「童」と呼ばれ、神の子とされます。つまり、人生の両端にあたる高齢者と子どもが神に近く、そのあいだが人間の時代となります。ですから神道では、神に近づく「老い」は価値を持っており、高齢者はいつでも尊敬される存在であるといえます。

 

 

■老いをめでたいととらえるアイヌの人々

 

 アイヌの人々は、高齢者の言うことがだんだんとわかりにくくなっても、老人ぼけとか痴ほうなどとは言いません。高齢者が神の世界に近づいていくので、「神用語」を話すようになり、そのために一般の人間にはわからなくなるのだと考えるそうです。これほど「老いの神話」を無化して、「老い」をめでたい祝いととらえるポジティブな考え方があるでしょうか。「老い」とは人生のグランドステージを一段ずつ上がっていって翁として神に近づいていく「神化」にほかならないのです。そして、その神化に至るまでの道のりは、人間という生物としての競争を勝ち抜いてきた結果でもあります。

 

 かつて古代ギリシャの哲学者ソクラテスは「哲学とは、死の学びである」と言いました。わたしは「死の学び」である哲学の実践として2つの方法があると思います。一つは、他人のお葬式に参列すること。もう一つは、自分の長寿祝いを行うこと。

 

 神に近づくことは死に近づくことであり、長寿祝いを重ねていくことによって、人は死を思い、死ぬ覚悟を固めていくことができます。もちろん、それは自殺などの問題とはまったく無縁な、ポジティブな「死」の覚悟です。

 

 人は長寿祝いで「老い」を祝われるとき、祝ってくれる人々への感謝の心とともに、いずれ一個の生物として必ず死ぬという運命を受け入れる覚悟を持つ。また、翁となった自分は、死後、神となって愛する子孫たちを守っていくという覚悟を持つ。祝宴のなごやかな空気のなかで、高齢者にそういった覚悟を自然に与える力が、長寿祝いにはあるのです。その意味で、長寿祝いとは「生前葬」でもあります。

 

 わたしは、本当の「老いの神話」とは、高齢者のみじめで差別に満ちた物語などではないと思っています。年齢を重ねるごとに知恵と見識を発揮し、尊敬される人間になり、神に近づいていく。この愉快な物語こそ、本当の「老いの神話」ではないでしょうか。

 

 









          たきがみ博士の想い

 

誰でも、自分の中に伝統がある。自分が経験したすべての過去の累積、それが”いま”のわたし。

過去とは思いだすこと、現在(いま)は過去の必然、そして、未来は想い、選択すること。

いまは、変えられない。

しかし、人には明日があり、未来がある。明日は、こうありたいと想いを持つことができる。

 

すてきな明日に向かって、”これからへの想い”を具体化するJourney、しっかり楽しみたいと思います。

そして、”いま、ここ”を丁寧に活きる。

みずからの人生の軌跡を、すてきな笑顔でみつめるために。

 

旬(ときめき)亭 亭主 たきがみ博士
  たきがみ博士


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☆他人に期待すれば不満になり、

  自分を信頼すれば自信になる 

☆人間関係とは、他人を通して自分自身

  との付き合い方を学ぶ機会なり 

☆自分の短所を受け入れるとき、

  自分らしさという魅力が生まれる 

☆最も空しい人生とは、

  すべてが思い通りになる人生である 

☆幸せは得るものではなく、気付くもの


☆樹木は、上に伸びる前に下に伸びる 

☆他人との対立は、

  自分の心の中の対立に過ぎない 

☆幸せだから感謝するのではなく、

  感謝するから幸せを感じる 

☆孤独を知らなければ、

  本当の繋がりが分からない 

☆内側から生まれてくる至福は、

  失うことがない


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