人が病気になったとき、病院に出向いて行って、医師に診てもらい、幾つかの検査をして病状を確認してもらうと共に、何らかの人為的な操作や医薬品の投与によって処置をする…。
この流れが、現代医療で言うところの“常識”であって、この流れに沿わないものは“非常識”であるとされます。
また、この流れに沿うものこそが「医療」であり、この流れの“本流以外のもの”は「補完医療」などと呼ばれます。
また“本流に沿わないもの”は、「代替医療」などと呼ばれます。
そして、このような定義ならびに枠組みが“常識”であるというふうに、子どもの頃から教育されてきました。
皆さんも、「何か具合の悪いことがあったら直ぐに病院に行くように」と教育されてきたことと思います。
一方、例えば、香り成分を吸い込むことによって治療する『アロマテラピー』という分野は、上述の“常識”に当てはめると、「補完医療」または「補完代替医療」として扱われます。
しかし、これを「補完…」と捉えると、やがて辻褄の合わない現象に多く出くわすことになります。
辻褄の合わない現象とは、あまりにも多くの種類の精油成分が、人体に何種類もの大きな影響を及ぼすことです。
精油とはエッセンシャルオイルとも呼ばれるものであり、植物が産出する揮発性の油であり、大抵は特有の芳香を持っています。
そして精油成分とは、精油に含まれている各物質を指し、例えばヒノキに含まれるヒノキチオールは多くの方がご存じのことと思われます。
例えば大阪大学大学院の医学系研究科では、ヒノキチオールが各種のがんを抑制するということで、そのメカニズムに関する勢力的な研究が行われています。
或いは、同じくヒノキ科の植物に多く含まれているツヨプセンという精油成分の抗がん作用(がんの増殖・転移を抑制する)について、富山大学付属病院からの報告が見られます。
その他にも、多くの研究機関から同様の研究結果が報告されています。
「何故こんなものが、がん細胞の増殖を抑えるのか…、がんの転移を抑えるのか…、更には精神的面にも良い効果を与えるのか?」「偶然であろうが、それにしては有効であるとする例が多すぎる…」と、理解に苦しむことになります。
理解に苦しむ理由は、アロマテラピーで使う精油成分は薬ではないため、そんなものが効くはずがない…という先入観を持っているからです。
仮に効いたとしても、それは医薬品ではないため、あくまで医療を“補完”するものに過ぎないと思っているからです。
そもそも、ここに大きな誤りがあると思われます。
私たちが吸ってきた空気というのは、単なる窒素や酸素や二酸化炭素の混合物では無かったということです。
仮にそのような単純な組成の空気によってヒトの体が最適化されてきたのであれば、精油成分は全くの異物になりますから、人体にとっては有害なものになる可能性が高くなると思われます。
そして、ヒトに対して健康効果を示すものにはならなかったはずです。
ところが現実は全く逆です。精油成分の多くが、ヒトに対して健康効果を示します。
これを真に理解するためには、ヒトの体は植物が放つ空気を吸い込むことを前提として生理機能が進化し、それが存在する条件下で最適化されてきたのだと捉える必要があります。
簡単に言うならば、「精油成分が病気を治すのでは無く、精油成分が欠乏したときに病気になる」ということです。
更に言い換えるならば、精油成分に抗腫瘍作用、殺菌作用、抗ストレス作用、認知症改善作用などが見られると捉えるのでは無く、精油成分を吸い込まなくなったからこそ、悪性腫瘍が生じ、多くの感染症に罹り、ストレス過多になり、認知症患者が増えてきた、と捉えるべきだということです。
ヒノキチオールやツヨプセンなどの精油成分の研究の行き着くところは、それらを用いたがん治療法の開発になると思われますが、それは従来の抗がん剤を用いるよりは遙かに良いアプローチであると言えるでしょう。
しかし、私たちはそのようなものに期待することよりも、もっと大切にしなければならないことがあると思います。
それは、日常的に植物の精油成分を存分に吸える環境を作ることだと思われます。
特に肺がんやCOPD(慢性閉塞性肺疾患)の場合、植物が出す精油成分を吸い込めば、それらが真っ先に到達する組織は気管支や肺胞ですから、速効的な効果が現れるはずです。
上述しましたが、精油成分が効くと捉えるのではなく、精油成分の欠乏によって生じた障害であるため、その欠乏を解消してやる、と捉えることが正解だと思われます。
決して補完医療ではなく、こちらのほうが医療の主流だと捉えるべきでしょう。
肺を患っているならば、病院の酸素ボンベの空気を吸っていても肺の病気は治りません。
それよりも、森林に行って天然の精油成分が混じった美味しい空気を思いっきり吸っていただきたいと思います。
気管支上皮細胞も、肺胞上皮細胞も、肺胞マクロファージも、精油成分の存在を必須としているからです。
たいていの神社の周囲には、精油成分を多く発散するヒノキ科の針葉樹が植えられています。
或いは、そのような樹木が茂るところに神社が造られています。
昔の人たちは、鋭い感性によって、精油成分が健康を維持するために必須であることを感じ取っていたに違いありません。
私が毎朝散歩する下鴨神社には、平安の昔から続く糺の森があります。
その森の中を歩く時間は、水、空気、光、運動、という細胞が喜ぶエッセンスが凝縮しています。
だからこそ、散歩が私の究極の健康法となっています。