糖化も酸化も私たちの体の老化に深く関わっています。
糖化=たんぱく質と糖が結合
糖化とは、ブドウ糖(グルコース)などの糖が、直接たんぱく質などに結合する反応のことです。糖尿病の検査指標として一般的に使われているヘモグロビンA1c(HbA1c)やグリコアルブミンには、いずれも糖化が関連しています。HbA1cは糖化したヘモグロビンのこと、グリコアルブミンは糖化したアルブミンのことなのです。
HbA1cやグリコアルブミンは、たんぱく質と糖が結合する「糖化反応系」の初期段階で作られる「アマドリ化合物」の一種で、アマドリ化合物からさらに糖化反応が進むと(それを後期段階反応と言います)、最終的に「終末糖化産物(AGEs=advanced glycation endproducts)」というものができあがります。
体内で作られるAGEsが糖尿病合併症を引き起こす
最近、このAGEsが注目されています。その理由はさまざまな糖尿病合併症の元凶の一つと考えられるようになったからです。そのプロセスは多様ですが、最も分かりやすいのは、AGEsが血管の内壁にたまり、動脈硬化を引き起こす例でしょう。動脈硬化によって障害を受ける血管の部位によって、生じる糖尿病合併症は異なりますが、いずれも血管病と言って過言ではありません。
(1)細小血管合併症
体内の細小血管(毛細血管など)がAGEsによって傷害、破壊されることで起きる合併症です。
糖尿病の「三大合併症」と言われる糖尿病網膜症、糖尿病腎症、糖尿病神経障害がこれに当たります。
(2)大血管合併症
細小血管合併症とAGEsとの関係は比較的前から指摘されていたのですが、最近、米国での大規模臨床試験の結果などから、大血管合併症にも
AGEsがかかわっているという説が有力となっています。
大血管合併症とは、文字通り太い血管に発生する心筋梗塞(こうそく)や脳梗塞などのことです。
AGEsによる合併症発症のリスクは、「血糖値×持続期間」で決まります。高血糖であればあるほど、そして高血糖である期間が長ければ長いほど、AGEsの生成、蓄積量は多くなるからです。従って、長年糖尿病を患っている患者は糖化が生じやすく、AGEsの蓄積も、糖尿病でない人に比べて必然的に多くなります。その結果、心筋梗塞や脳梗塞にもなりやすくなるので、糖尿病は「老化」が早く進む病気とも言われてきました。
消えない「高血糖の記憶」のリスク
近年、AGEsが引き起こすこれらの糖尿病血管合併症のメカニズムを特徴的に説明する「高血糖の記憶(hyperglycemic memory)」と呼ばれる概念が提唱されています。「高血糖の記憶」とは、過去の高血糖レベルと、私たちの体がその高血糖状態にさらされた時間(曝露<ばくろ>期間)が生体に記憶され、その後の糖尿病血管合併症の進展を左右するという考え方です。
その根拠となった研究が二つあります。一つ目は1型糖尿病患者を対象に、1983年から93年まで米国で行われた大規模臨床研究「DCCT(Diabetes Control and Complications Trial)」。二つ目がDCCTのフォローアップ試験で2015年に発表されたEDIC(Epidemiology of Diabetes Control and Complications)です。
簡単に言うと、DCCTでは平均6.5年間、厳格に血糖管理をした人と、従来通りの血糖管理をした人で、糖尿病血管合併症の発症率を比較しました。その結果、厳格に管理した人の集団では細小血管合併症の有意な抑制効果が確認されました。試験終了後、被験者は全員、厳格管理に移行しました。そして、その後の参加者の状況を15年間も追跡したのがEDICです。EDICでは驚くべき結果が出ました。DCCTで従来型管理だった人=血糖値が高かった人は、その後15年間、厳格に血糖値を管理しても、当初からずっと厳格管理だった人より大血管合併症の発症率が高かったというのです。
なかなか返済できない高血糖という「借金」
つまり糖尿病を患う人が一定期間、「血糖コントロール不良」であれば、その間の高血糖の記憶は、「借金」のように生体内に残り、その後「コントロール良好」となっても、糖尿病血管合併症のリスクの差は縮まらないことが、示されつつあります。この現象が起きる原因、つまり「借金」の正体こそ、血管内皮など体中の組織に沈着したAGEsではないかと言われています。まだ仮説ですが、「高血糖の記憶」を最もうまく説明できると考えられるからです。
「高血糖の記憶」「借金」を残さないためには、糖尿病発症の初期段階から血糖コントロールを良好に保つことが大切です。当然、コントロールを開始するのは早ければ早いほどいいのは言うまでもありません。
またAGEsは血管以外にもたまります。骨にたまると骨粗しょう症を生じ、目(水晶体)にたまると白内障の一因となります。皮膚にAGEsが蓄積していくと、弾力を失っていきシワになります。聴力の低下も活性酸素による有毛細胞(音を感じ取る細胞)の障害が主とされていますが、AGESsが活性酸素を減らす酵素の作用を低下させます。そして血中AGEsが多いと歯周症にもなりやすいことが分かっています。
糖質制限食なら糖尿病でもAGEsを減らせる
一般に糖尿病患者は、AGEsの産生が高まります。しかしスーパー糖質制限食を実践し、血糖コントロールが良好な人ならその限りではありません。糖尿病でない人と比べても、食後の血糖値の上昇は少なくなるからです。例えば糖尿病でない人でも、加齢とともにがっつり糖質を食べると食後血糖値が140~180mg/dLくらいまで上昇する人がいます。一方、糖尿病患者でもスーパー糖質制限食実践者なら、食後血糖値140mg/dL未満のことが多く、そういう人はAGEsの蓄積も糖尿病でない人よりかえって少ないわけです。さらに糖尿病でない人が、スーパー糖質制限食を実践すれば、さらにAGEsの蓄積が少なく=糖化が緩やかになり、それに伴う老化現象もある程度予防できると考えられます。
一方、カロリー制限食(高糖質食)では必ず食後高血糖が生じ、AGEsが蓄積され将来に「借金」を残します。糖尿病患者の方はぜひ、糖質制限食で速やかに血糖コントロール良好を目指しましょう。
食事に含まれるAGEsも危険
体内で産生されるAGEsが良くないのは明白なのですが、食品に含有されるAGEsが人体に有害か否かは、現在論争中です。米国の文献には、有害という記述もあります。
食品由来のAGEsは、基本的にたんぱく質と糖に熱が加わって糖化反応が起きることで作られます。食品は常温でも徐々に糖化しますが長い期間がかかり、高温で加熱するほど糖化速度が速まります。つまり、人類が火を使うようになり、食べ物を加熱して食べるようになって食事からのAGEs摂取は劇的に増加したと考えられます。人類が自ら火をおこして日常的に使い始めたのがいつからかは明確には分かっていませんが、ざっと10万~20万年前とされているようです。しかしその後、人類の寿命が縮んだという話は聞いたことがありません。このようにマクロの視点でみると、食事由来のAGEsは体内で産生されるAGEsほど有害ではないように思えます。
私~江部康二の実践例
加齢とともに、誰の体内でも「老化のもと」と言われる糖化反応は進み、AGEsが蓄積していきます。しかし糖質制限食なら、糖化反応を最小限に抑え、AGEsの蓄積も最小限にすることができるため、一定の老化予防になる可能性が高いのです。
最後に実例として私自身の例を紹介しましょう。私は、普通に加熱した食品を食べていますので、食事由来のAGEsは結構摂取していることとなります。一方で、52歳の糖尿病発覚時から67歳の現在まで15年間、スーパー糖質制限食を実践していますので、体内産生のAGEsはかなり少ないと考えられます。従って糖化反応に関連する老化現象はかなり防ぐことができている可能性があります。
現在も歯は全部残っていて、身長も全く縮んでいません。夜中にトイレにも行きませんし、目は裸眼で広辞苑が読めます。聴力もほとんど低下していません。糖尿病はありますが、スーパー糖質制限食でコントロール良好で、内服薬もなしで、合併症もありません。このような67歳はほとんどいないと思います。少なくとも、私の京大医学部の同級生では誰もいません。一方、白髪がめっきり増えて、おでこは後退していますので、糖化反応が関連しない一般的な老化まで防げているわけではありません。すなわち糖化に関連する老化現象が、際立って予防できているものと考えています。
「糖化と老化」に関する私の結論をまとめましょう。
(1)体内の血糖により産生された「AGEs」は、動脈硬化や老化や糖尿病合併症などのリスクとなる。
(2)食事由来のAGEsは、体内産生のAGEsに比べ、リスクは少ない可能性がある。
この分野は現在、熱い議論が続いていて、諸説ありますが、私は、現時点でこのように考えています。
*江部康二 / 高雄病院理事長