真の長寿国日本へ                        斉藤 一治


「2013年の日本人の平均寿命」とは、2013年に生まれた赤ちゃんが平均して何歳まで生きられるか、という「平均余命」です。

つまり、「2013年の0歳児の平均余命」です。

 

この「平均余命」は、2012年に亡くなられたかたの「平均年齢」を算出して得られます。

「2012年に亡くなられたかた」の多くは、戦前・大正に生まれ、育ったかたがたです。

これらのかたがたが生きておられた、食生活を含めた「環境」と、2013年生まれの0歳児の「環境」とは全く違います。

ですから、生きて行く「環境」が全く違うのに、ゼロ歳児が、「先輩たち」の実績の恩恵を蒙ることは200%有り得ません。

 

次に具体的に精査してみます。

日本の乳児の死亡率をみてみます。

明治32年は約15%、少しずつ減少していって、約100年後の平成11年は0.3%。

さて、「平均寿命」を算出してみます。

例えば、昨年に二人のかたが亡くなりました。

A 一人は100歳、もう一人のかたは2歳でした。

 今年の平均寿命は、100+2=102、102÷2=51で、51歳です。

B 一人は100歳、もう一人のかたは50歳でした。

 今年の平均寿命は、100+50=150、150÷2=75で、75歳です。

 

これでお分かりでしょうか。

同じように100歳までおられるかたがいらっしゃっても、乳児のうちに死んでしまうかたが多いと「平均寿命」は下がるのです。

明治32年は、約7人に一人の乳児が死んでいます。

しかし、約100年後、乳児は死ななくなり、亡くなるのは1千人に3人です。

つまり、100年経って、乳児の死亡率が著しく下がったため、統計上の「平均寿命」が著しく上がっただけです。

 

医学や医療の進歩とは関係ありません。

少なくとも、明治の時代では、乳児のときに亡くなるかたが非常に多い半面、生き残ったかたがたは、長生きしていましたが、「平均寿命」という統計上は、今に比較して「短命」であっただけです。

 

勿論、乳児の死亡率以外にも、平均寿命が上がった原因は、他にもあります。

その一つが「延命治療」です。

明治の時代では、寿命が来て「老衰」で亡くなったかたが多かったのです。

 

しかし、その後、少しずつ病氣が増え、病人も増加して行き、医師は商売ですから「患者を簡単には殺さなく」なり、常連客にしてしまう「延命治療」が盛んになっていきました。

 

「寛解」という医師用語があります。

例えば、医師が言います「もう大丈夫ですよ、完全に寛解状態ですよ、良かったですね」と。

聞くほうの患者は「完治」と「早とちり」して、

「ありがとうございます、先生のお陰です。

で、退院は、何時頃になるでしょうか」と聞きます。

ここで医師は、軽率には応えないで「もう少し、様子を見てから判断しましょう」と宣言。

これで患者は安心します。

「もっと、良くなるまで入院させてくれるのだ、ここに入院して良かった」と。

 

実際のところ、「寛解」とは、病氣の症状が一時的に安定して、これ以上、悪くならなくなった状態です。

これが「医師」の限界です。

医師は病氣を「治すこと」「根治」できません。

 

もっと分かり易く言います。

箱の中に「異臭」が立っています。

箱に蓋をすれば、異臭は消えます。

これが「寛解」です。

箱の中の「異臭」は、臭源を絶っていないので、いずれ、再び、臭くなります。

これが「再発」「他の病気に罹病」です。

 

一つの「異臭」を一回で「臭源」を絶ってしまえば、それで「根治」され、これこそ本来の「医学」であり、それに基ずいた「医療」です。

しかし、現代医療は、「臭源を絶つことができない」ので、「蓋をする」という「対症療法」で一時的に臭いを消して「延命」させて、再び、患者が病院の門を潜るようにしています。

言わば、一粒で、2度も3度も美味しい「お客様」「常連客」にしているだけです。

 

つまり、現代医療は、自然治癒力に逆らう「逆療法」です。

いつしか「対症療法」と呼ぶようになり、実際のところ、「商売」のための「延命治療」に過ぎません。

 

例えば、近くにある大きな病院を訪ねて見てください。

自分のことが自分で出来ない「寝たきり」のかたが、いかに多いか分かっていただけるでしょう。

「寝たきり」に該当する「外国語」は、どこの国にも無いのです。

それだけ、日本は異常なのです。

 

「寝たきり」のかたには、大変、申し訳ない表現になってしまうことを、予め、お許し下さい。

明治の時代では、当然、亡くなっていたかたが、最近は、医師の「延命治療」という「商売」のために「寝たきり」で「死なないでいる」だけです。

誰でしたか、「人の命は、地球よりも重たい」と言った内閣総理大臣がいましたね。

彼のこの発言は「国民の側に立って」ではなく、「医療・医師」の立場から発せられています。

 

最近は「介護保険」に続いて、「後期高齢者保険」なるものが発足しました。

本当に「長寿国」であるのであれば、これらの制度は不要です。

一言で、この制度の本音は「貧乏人は、75歳以上で病気になったら、早く死ね!」でしょう。

 

マスコミは「正義ズラ」して、

「弱者、切捨てだ!」

「年金から自動引き落としは卑怯だ!」と絶叫しています。

マスコミの本音は「金のある人から、タップリ医療費を貰えば良い、貧乏人の世話は手間が掛かるだけで儲けにならない」という「医療」と「同じ穴の狢」に過ぎません。

 

さて、考えかたを変えてみましょう。

「長寿国・日本」が単なる「幻想」であるのであれば、更に失礼な言い方を恐れずに言いますと、今、私の記事を読んでいるかたが「75歳」まで生きている「確率」は大変、低いと断定せざるを得ません。

 

「昭和35年以降に生まれたかたの平均寿命は41歳になる」という説もあります。

 (「41歳寿命説」西丸震哉著 情報センター出版局1990年刊)

 

私の推測では、これからは、二人に一人は、65歳までに「がん治療」で殺されます。

具体的には「早期に発見され、寿命を待つことなく、早期に殺されて」いきます。

 

これを防止するには、自分で「姥捨て山」に入ることです。

ここで言う「姥捨て山」とは、郊外の土地に移住して、「移住」しないまでも、週末だけでも野良仕事をして、土に親しみ、自分(とその家族)が食べる野菜ぐらいは、自給して明るく楽しい農的生活をするだけです。

まずは、これで「長生き」できます。

 

最善の方法は、「氣が付いたとき」に、人間本来の生活習慣を取り戻すことです。

自然の一部である人間が、本来の「自然」に戻るだけです。

 

勿論、この中でも、食習慣が重要です。

日本人の伝統食である「穀菜食」を復活させ断行することです。

 

命の元の太陽様を初め、あらゆるものに感謝申し上げて「お陰さまで、お陰さまで」と明るく笑って素直に暮らしましょう。

真の長寿・日本を復活していただきまして、誠にありがとうございます。

 








          たきがみ博士の想い

 

誰でも、自分の中に伝統がある。自分が経験したすべての過去の累積、それが”いま”のわたし。

過去とは思いだすこと、現在(いま)は過去の必然、そして、未来は想い、選択すること。

いまは、変えられない。

しかし、人には明日があり、未来がある。明日は、こうありたいと想いを持つことができる。

 

すてきな明日に向かって、”これからへの想い”を具体化するJourney、しっかり楽しみたいと思います。

そして、”いま、ここ”を丁寧に活きる。

みずからの人生の軌跡を、すてきな笑顔でみつめるために。

 

旬(ときめき)亭 亭主 たきがみ博士
  たきがみ博士


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☆他人に期待すれば不満になり、

  自分を信頼すれば自信になる 

☆人間関係とは、他人を通して自分自身

  との付き合い方を学ぶ機会なり 

☆自分の短所を受け入れるとき、

  自分らしさという魅力が生まれる 

☆最も空しい人生とは、

  すべてが思い通りになる人生である 

☆幸せは得るものではなく、気付くもの


☆樹木は、上に伸びる前に下に伸びる 

☆他人との対立は、

  自分の心の中の対立に過ぎない 

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