生まれ方                           中川 雅之


国内最高齢の現役助産師、坂本フジヱ氏。約70年に渡り、赤ん坊を取り上げてきた女性が語る家族観、死生観とは。

 

同じご夫婦で7人産んでも8人産んでも、お産は一回一回みんな違うんです。だから私はいつからかな、陣痛は赤ちゃんの言葉なんやと感じるようになったんです。

 

例えば「微弱陣痛」という名前をお医者さんがつけているものがあるでしょう(編集部注:一般的に分娩中は陣痛が強くなっていくが、これがあまり強まらないこと。

お産が長引き、母体に疲労が蓄積しやすいとして、陣痛促進剤を使うケースがある)。

私はね、あれは無いんやと思うんです。

 

赤ちゃんは生まれるときに10センチちょっとの骨盤の隙間を通ろうとするわけですが、微弱陣痛というのは、赤ちゃんがそん時に「ちょっと通らんな」と思って、いったんゆっくり休んで、おでこの泉門(編集部注:骨と骨の継ぎ目。胎児には隙間があり、ここを重ねることで頭部を小さくして狭い産道を通る)をもっと重ねて、それで出ていくという、メッセージなんやと私は感じたんです。

 

ですから、私んとこではそうなった時は妊婦さんに「ゆっくりして、あんたもしばらく寝なさい。

そしたらそのうちに痛んできます」って言うんです。

でもこれが病院やったら、微弱陣痛という名前が付いたらじきに先生方は促進剤をやるでしょう。

医療はずいぶんと良くなりましたから、今の先生方のやり方は絶対に間違いない。

なんとしても命を持って出てくるようにしてくれるから、その点は心配ない。

 

でも私なんかはそうやって手を加えたお産というのは、赤ちゃんにしたら自分の本意ではないんと違うかと思うんです。

赤ん坊がちょっとゆっくり休ませてというときに、陣痛が弱まってすぐに促進剤を打つんは、赤ん坊に対する反逆やと思うんです。

 

私は古い人間ですから、昔の考え方が強いんやと思います。

今の方は皆さんお産をものすごく大仰に考えている。

ご飯食べて、うんこして、寝て、起きてという生活のその一コマでお産があるとは思っていないんです。

でも当たり前ですけど、大昔、病院のない時代から人間はずっとそうしてきている。何万年と、自分の体のプログラムに沿って、みんな生まれてきたんですよ。

 

姿形が違うように、本当は赤ちゃんの生まれ方だってみんな違うんです。

その過程一つ一つに、ちゃーんと生き物としての意味がある。

でも今は厚生労働省のマニュアルというのがあって、「こういうときにはこうしなさい」となっている。

人生のスタートが、皆同じようになってきてるんですね。

それが、人間の自然の能力というものを消し去っていくことになっているんじゃないですか。

 

自然出産は苦しい時もありますよ。

それを最後までやり通す親が少のうなっている。今の痛みに対して、最後まで頑張れる親が少なくなった。

でもそれは逆に、子供が生まれた喜びを減らすことになるんじゃないですか。

 

「ああ、かわいい」と、本当に子供を愛おしく感じることが少なくなったんかなと思うんです。

その気持ちが義務的になったと言ったらちょっと語弊があるかも分かりませんけど、人工的なものに人間がなじんできた。

そんなふうな感じがしますね。

 

お産が病院の仕事になって、帝王切開率も上がってってなると、最後のこの10センチの骨盤を何とか越えようと、越えさせようとする親子が、減っているということです。

動物の生まれるというプログラムを無視してでも、自分が楽になりたいという気持ちになってきつつあるんですよ。

 

お医者さんばかりがあかんというわけではありません。

今の若い人たちはものすごく、医療の目から見た妊娠、出産というのを考えてます。

私らの頃に比べればみなさん学歴もあるから「こうすれば問題ないはず」って気持ちがあるんですよね。

「病院に行ったら勝手に産ませてくれる。

お医者さんが産ましてくれる」っていう気持ちもあるでしょう。

すごく、物事が計画通りに進むという意識があるんやと思います。

 

だからそこで何か予想外のことが起きたときに、ものすごく大げさに事を言い立てて、すぐに裁判に持っていく。

「帝王切開するのが遅かったのと違うか」とかな。

そしたら医者の方も、例えば手術してもあかんかも分からんような赤ちゃんも、少しでも心音の残っている間に切って出そうとする。

 

生まれたら死ぬのが定め

でも、生きるための根本の力が欠けていれば、それはそれまでの命です。

それまでの命の子供は絶対に息はしませんよ。

そのまま死んでいく。

 

今の人たちはそんなの考えられんでしょう。

でも人の命というものは、生まれたらあとは死ぬしかないんです。

何歳で死ぬかは自分も誰も分かりませんよ。

私も3人目の子を流産しましたけれども、いつかは必ず死ぬということが、人間の体に必ず起こってくる出来事です。

こればっかりはどうしようもない。

 

私の助産所で、死産というのは一回もないんです。

これは別にうちがすごいとかじゃなくて、妊娠中に「あ、これはひょっとしたらこの子供はどこかに何かがあるのと違うか」と思ったら、病院へ送りますからね。

 

それでも、私はいつもきっちり皆さんに説明するんです。

「生きる、死ぬということは私たちには分からん」とね。

親御さんにそれを受け止める気持ちを持っていただかなかったら、私たちも仕事はできんわけですから。

 

お医者さんも2人、3人ぐらい裁判を持ったら、もう仕事をする意欲がなくなるんですって。

それでもうお産はやめやと。

お医者さんも追い詰められているんですよ。

だから、なによりも「無事に産ませる」ことを考えるんです。

でもそうすることで、両親も赤ちゃんも、何か大事なものを経験しないままに進んでいってるんと違いますか。

 

動物は生まれたら、すぐに立とうとするでしょう。

人間の赤ちゃんは絶対に立たれへん。

歩かないということは、何もできないんです。

でもそれは、何も分からんと生きているわけじゃない。

そのときの感性というものはすごく敏感です。

ことに親の考えていることは、もうすぐ分かる。

抱いたら肩が凝るとか、子供がはたへ来たら邪魔くさいとか、そんなんも全部。

 

赤ちゃんは全部分かってる

だからそうじゃなしに「よしよしって何でもあんたのことは受け止めてやるよ」ってせなあかん。

ものを言わんから赤ちゃんが何も知らんと思ったら、大間違いや。何でも分かる。

そやからもう本当に、大事にかわいいかわいいと、それだけちゃんとするしかないんや。

子育ての基本はかわいいと思うことや。

 

そうやってお母さんが腹をくくったら、大泣きしてる子でも不思議と落ち着くんです。

そしたら、もう今、子供も進化してきていますのでね、親のことも子供は分かってくれるんですよ。

さっき人間の子は生まれてすぐは立たれへんって言うたけど、このごろ10カ月で歩く子供が多いんです。

立って歩きだしたら自立ですよね。

 

最近は生まれて半年やそこらで勤めに出る方が多いでしょう。

私は皆さんに「働いてええで」って言います。

でもその代わり「夕方迎えに行った時に、あんたよう遊んでくれたからお母ちゃん本当に仕事できて嬉しい」と、心の底から喜びを伝えてやり、って言うんです。

子供からしたらね、大好きなお母ちゃんが喜んでくれることはまたしようって気になりますよ。

子供はそうやって進化していってると、認めてええんちゃうかな。

 

感覚が敏感な0歳児の間に、とにかく徹底して愛情を与えて与えて与え切る。

それで育児の50%は終わりです。

お母さんと子供との間に、強力な信頼関係ができる。

そしたら自己肯定感が磨かれて、お父さんやおじいちゃんおばあちゃんとか、年上の人らと信頼関係を築いていけるようになる。

そういう性根はね、その子の一生続くんですよ。

 

 

女と男は一緒ではない

努力の努は「女のマタの力」と書きますけど、子宮の力は国の礎ですよ。

子供が生まれんかったら国は亡びるんですから、いわば最後の砦です。

そういう女の股の力がね、全部なくならん間に何とかしてほしいなと思う気持ちがやっぱり私にはあるんです。

 

近頃は男女平等、平等って言いますけど、女は昔っから特権階級ですよ。

神様が子供を産むということを女の人に与えているわけじゃないですか。

日本の昔の女性が賢かったのは、自分が上位であるけどそれを表向きは隠していたことです。

旦那を立てる。でも実際は自分が上位。

そういう家庭が、多くあったんですよ。

 

でもそれがいつの間にか、仕事の面で「女性が抑圧されている」って世の中がなりました。

それで安倍首相なんかもいろんな政策をやっとるんでしょうけど「女性が安心して働けるように」っていう感じのものが多い。

でもそれは自己中心主義の気持ちを、助長させるような政策に思えるんです。

 

 

 








          たきがみ博士の想い

 

誰でも、自分の中に伝統がある。自分が経験したすべての過去の累積、それが”いま”のわたし。

過去とは思いだすこと、現在(いま)は過去の必然、そして、未来は想い、選択すること。

いまは、変えられない。

しかし、人には明日があり、未来がある。明日は、こうありたいと想いを持つことができる。

 

すてきな明日に向かって、”これからへの想い”を具体化するJourney、しっかり楽しみたいと思います。

そして、”いま、ここ”を丁寧に活きる。

みずからの人生の軌跡を、すてきな笑顔でみつめるために。

 

旬(ときめき)亭 亭主 たきがみ博士
  たきがみ博士


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☆他人に期待すれば不満になり、

  自分を信頼すれば自信になる 

☆人間関係とは、他人を通して自分自身

  との付き合い方を学ぶ機会なり 

☆自分の短所を受け入れるとき、

  自分らしさという魅力が生まれる 

☆最も空しい人生とは、

  すべてが思い通りになる人生である 

☆幸せは得るものではなく、気付くもの


☆樹木は、上に伸びる前に下に伸びる 

☆他人との対立は、

  自分の心の中の対立に過ぎない 

☆幸せだから感謝するのではなく、

  感謝するから幸せを感じる 

☆孤独を知らなければ、

  本当の繋がりが分からない 

☆内側から生まれてくる至福は、

  失うことがない


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