悔いのない生き方                        吉冨 信長


年末になって、著名人が亡くなったニュースがいくつか入ってきました。

ここFBでも追悼の意を表す記事を多く見受けられます。

 

私自身も非常に残念だと思っていますが、それでも彼らはおそらく「悔いのない生き方」をしてきたのではないかと思います。

ただし、死期が近づいた時に自分の人生を回想して満足するということだけが「悔いのない生き方をする」というわけではないと思うのです。

 

死は思いがけず突然やってくることがありますので、仮に今死んでも自分の人生に満足していることこそが、悔いのない生き方ではないかと私は考えています。

 

本来、自然界ではいつも死と隣り合わせの生活を送ります。

いつ死んでもおかしくない日々を過ごすのです。

だからといって、いつもサバイバルという緊張の中をひしひしと生きているわけではなく、人間も野生動物もそれなりに安定したテリトリーの中で生活を送ります。

しかし、それでも食物連鎖の中で生きている以上、死は突然やってくることが多いのです。

その時は、人生を回想する暇などないと思います。

 

私は、曜日感覚や季節感覚がないときが多くあります。

これは決して自慢して言えることではありません。

しかし、平日だからこれをするべき、休日だから特別これをしよう、お正月だからどこかに行こうなどという考えはなく、何曜日でもいつでも、自分のしたいこと(仕事)をして生きているからです。

私にとって、好きな事や当たり前のことを、当たり前にやっていくだけです。

 

だから、誤解を恐れずに言うと、私は今死んでも悔いはありません。

もちろん、長生きに越したことはありませんが、いつ死んでも悔いのないよう今を精一杯楽しく生きるということを日々続けています。

これは自分が好きなことを仕事にしているという理由もあります。

 

どうしても現代社会で生きていくと感覚がマヒしてしまい、死は他人事のような、自分とはあまり縁の無いようなことと感じてしまいます。

そのため、無駄なことをしたり、人の目を気にして生きたり、本意ではない生き方をしてしまいます。

 

死はいつも隣り合わせだということを思い出せば、また、人生はそんなに長くないものだと再認識すれば、無駄な時間や他人の人生の中で生きていくわけにはいかないのです。

好きな事ややりたい事を見つけてあとは突き進むだけです。

 

その途中で仮に死が訪れても、自分に嘘のない人生を過ごしたのなら悔いはないだろうと思っています。

 

 








          たきがみ博士の想い

 

誰でも、自分の中に伝統がある。自分が経験したすべての過去の累積、それが”いま”のわたし。

過去とは思いだすこと、現在(いま)は過去の必然、そして、未来は想い、選択すること。

いまは、変えられない。

しかし、人には明日があり、未来がある。明日は、こうありたいと想いを持つことができる。

 

すてきな明日に向かって、”これからへの想い”を具体化するJourney、しっかり楽しみたいと思います。

そして、”いま、ここ”を丁寧に活きる。

みずからの人生の軌跡を、すてきな笑顔でみつめるために。

 

旬(ときめき)亭 亭主 たきがみ博士
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☆他人に期待すれば不満になり、

  自分を信頼すれば自信になる 

☆人間関係とは、他人を通して自分自身

  との付き合い方を学ぶ機会なり 

☆自分の短所を受け入れるとき、

  自分らしさという魅力が生まれる 

☆最も空しい人生とは、

  すべてが思い通りになる人生である 

☆幸せは得るものではなく、気付くもの


☆樹木は、上に伸びる前に下に伸びる 

☆他人との対立は、

  自分の心の中の対立に過ぎない 

☆幸せだから感謝するのではなく、

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