学び続けていく、それが人生                  田中佳医学博士


「酵素」という言葉がイメージ先行で一人歩きした感じがします。

 

世間の使われ方に違和感を感じてしまう医療人ですいません。

 

例えば「他力本願」って、自分は怠けて他人の力に頼るみたいに使いますけど、ネットの言語由来辞典にもあるように、

 

他力とは「阿弥陀仏の力」であり、本願とは「全ての生命を極楽浄土へ導く」であり、阿弥陀仏の本願の力により成仏することなのだとあります。

 

人のふんどしで相撲を取るような使い方は間違えているのだと、お寺の方からも教えられたこともありますし。

 

こんな感じで「酵素」は本来の意味から外れていったのだなあと感じています。

 

ちなみに、体内の酵素の種類は3000を超えると言われているんです。

 

途中で数えるのが嫌になるほど多い訳です。外から何をどう摂ったらよいのかというレベルじゃない(笑)。

 

例えばアルコールを分解するのは、アルコール分解酵素でしょ?

 

お酒飲みながらアルコール分解酵素を飲みませんよね。アルコールが分解されてアルデヒドになりますが、これがこのまま多量に残ると二日酔いです。

 

その後、アルデヒド分解酵素が働いて酢酸になるんです。二段階の分解ですね。

 

アルコールを分解できない人は顔が真っ赤になって直ぐに酔う。アルデヒドを分解できない人は二日酔いになりやすい。

 

両方の酵素が乏しい人を下戸と呼び、両方が充分の人を笊(ざる)と呼ぶ。

 

肝臓の働きをよくするからとウコンを飲酒と一緒に飲んだりしますが、健全な肝臓なら、まあ、まだ、許せますけれど、肝機能が下がっている人が飲むと走り疲れた馬に鞭をいれることになり良くないですね。

 

まあ、アルコールは直接脳に働きかけるわけですし、完璧に守られるべき脳に侵入する物質は基本的には毒素の範疇でしょうから、分解の対象と判断されているのでしょうね。

 

大昔からお酒はあるから、脳も許しているのかもしれませんけど。

 

あと、肝臓でコレステロールを作ろうとすると10個の酵素が必要なんです。けっこう手間がかかるんですよね。

 

人は食べると、三大栄養素を分解する酵素を肝臓、膵臓、胃で作る(分泌する)システムが稼働するわけですよね。

 

酵素の生産ライン、生産スピードにも限りがあるので、ゆっくり食べた方が消化は良くなります。

 

だから、噛まずに飲むような早食いをすると、消化管にも消化臓器にも大きな負担がかかりますよね?

 

だからゆっくり噛んで、ゆったり食事をするということは、消化の助けになるのです。

 

酵素を摂る前にすべきことです。

 

5分で食事の全量をかきこんで食べれば、消化は長引くは、負担はかかるは、その分の仕事しようとして胃腸の方に血液がいってしまっているので、

 

もし、消化管が喋れたら「おいおい、なんでこんなでっかい未消化物を大量に送り込んでくるんだよ、ったくもー、しょうがねえなあ、おーい全員フル稼働だぞ!働け!はたらけ〜!!」な感じでしょうね。

 

そこで運動されたら血液が筋肉へ行って、消化管の血液は減って、消化不良に陥るし、消化管の動きは停止するし、いいことがないんです。

 

だから、食休みも重要です。

 

食べた量が多くても時間がかかるので、負荷がかかりますからね、腹八分目に医者要らずという言葉に繋がるのだなあと。

 

昔の人は体感できていたので、このような教えが脈々と伝えられているのです。

 

(お命頂き糧とさせて)いただきます、ゆっくり食事をし、良く噛み砕き、腹八分目として消化臓器への負担軽減策をとる食生活の教え。

 

ああ、素晴らしい。

 

それと、消化吸収を十分に稼働させるためには、充分なミネラルが必要になってきます。

 

まあ、全ての代謝活動には酵素とミネラルが必要なので、何はなくともミネラルですね。

 

酵素は自動生産されてますけど、ミネラルが全て外部補給に頼っていますからね。

 

あと、胃腸を動かすには、副交感神経が優位にならないとダメだし、副交感神経を優位にするにはリラックスしていないと動かないし、ということなんです。

 

食休み中はそうなってますね。

 

このような総合的な意味合いも込めて考えるってことが健全さということです。

 

でもみんな部分をとるんですよ。 食休みは何分がいいだとか、ミネラルはこのサプリがいいだとか、みんな知識が断片的なんです。

 

サプリを買う前に、質の良い農作物を買いなさい!と言いたいです。

 

そんなだから、ちょっとした情報にも右往左往するんです。胡麻が健康に良いからと、そのまま飲んだら全部そのままの形で排泄されます。

 

試しに白ごまを飲んでみれば胡麻まぶしのウンチが出てくるので分かります。

 

考えてみたら胡麻ってすごいですね、あらゆる消化に絶える胡麻を讃えたいです。 あ、だから擂り胡麻にしなければならない。

 

でも、擂って放置しておくと酸化してしまう。だから使う直前に擂るのが本筋となります。

 

テレビは典型的ですね。面白ければいいので、見ていると部分を切り取って盛り上げてるな~、みんなこれで右往左往しているんだろうな~って、見ています。

 

そういう点では、大雑把でいいので仕組みを知っておくのがとても重要になってきますね。 このように、断片的な知識ではあまり役に立たないのです。

 

情報に左右されるということは、断片的な知識で本質からはほど遠いところにいるのだとう自覚が大切ですね。

 

そして、学ぶことです。

 

修正に修正を重ねて学び続けていく。それが人生でもありますので、知識が無いことを馬鹿にしてはいけません。

 

完璧な知識を持つ人間は1人もいませんからね。

 

ですから、学ばないことが問題なのです。

 








          たきがみ博士の想い

 

誰でも、自分の中に伝統がある。自分が経験したすべての過去の累積、それが”いま”のわたし。

過去とは思いだすこと、現在(いま)は過去の必然、そして、未来は想い、選択すること。

いまは、変えられない。

しかし、人には明日があり、未来がある。明日は、こうありたいと想いを持つことができる。

 

すてきな明日に向かって、”これからへの想い”を具体化するJourney、しっかり楽しみたいと思います。

そして、”いま、ここ”を丁寧に活きる。

みずからの人生の軌跡を、すてきな笑顔でみつめるために。

 

旬(ときめき)亭 亭主 たきがみ博士
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☆他人に期待すれば不満になり、

  自分を信頼すれば自信になる 

☆人間関係とは、他人を通して自分自身

  との付き合い方を学ぶ機会なり 

☆自分の短所を受け入れるとき、

  自分らしさという魅力が生まれる 

☆最も空しい人生とは、

  すべてが思い通りになる人生である 

☆幸せは得るものではなく、気付くもの


☆樹木は、上に伸びる前に下に伸びる 

☆他人との対立は、

  自分の心の中の対立に過ぎない 

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