千島血液学説                           忰山紀一


千島学説なるものを紹介するにあたり、その千島の血液学説と、現代の医学、生物学の定説とどこがどう違うか、それを対比しながら、生命及び健康問題を考えてみたいと思う。

 

さて、人間の血液はどこで造られているのか。

生物学の教科書の記載を見ると、骨髄であるとされている。

それも主として手足の骨格、すなわち長骨と呼ばれているところの骨髄で造血されるとしている。

臓器やそのほかの器官でも若干の造血作用が見られることから、これを異所造血と称して、それを認めている。

しかし、主として長骨の骨髄で造血されるというのが定説である。

この定説を単に骨髄造血と呼ぶことにするが、学問的に正しいこととされ、一般常識にもなっている。

 

しかし、その骨髄造血がどのような過程をへて、定説として受け入れられるようになったかは、教科書にはなく、専門書でないと記載されてない。

そこで研究史を眺めたいのだが、その前につぎの言葉の持つ意味を考えておきたい。

それは “食物は血となり肉となる” という言い伝えである。

この言い伝えには実感がある。なぜなら、私たちは他生物を食べて生きている。

この言い伝えには、私たちは他生物の犠牲の上に生さているという認識と、そして、他生物に対して感謝しなければならないという意味すら含んでいるからだ。

 

それだけではなく、実際に病気になると食欲は減退するし、食べなければ身体はますます衰弱する。

健康体の人でも、一日食事を抜くだけで、からっきし元気をなくす人がいる。

食物が血となり肉となることを感覚的に信じているからだ。

食物と血液とは関係があることは、本能的に潜在意識的に私たちは知っているのである。

 

教科書に記載されていることは正しい。

偉大な学者が研究したことであるから間違いがない。

こういう権威を信じる人は別だが、食物と血液との関係が深いはずであるにもかかわらず、消化器系統から遠く離れた骨髄で、どうして血液が造られるのだろうかと、素朴な疑問が湧いてくるのが普通ではないだろうか。

また、脊椎のない無脊椎動物の血液、すなわち血液に準ずる体液は、いったいどこで造られているのだろうかという、発生系統的な疑問もおこつてくるはずである。

 

 

結論から述べると、健康で栄養がゆきとどいているとき、骨髄は脂肪で充満していて、細胞分裂はほとんど示さず、したがって、血球造血も行われてはいないのである。

人間ばかりではなく、哺乳類、鳥類でも同様で、この事実に反対する血液学者は一人もいない。

それなのに、骨髄造血説が生物学会で容認されているのは、アメリカの血液学者、すなわち、ダン、キャニンガム、セービンの三人の研究を認め、それが権成づけられたからである。

 

しかし、いま述べたように、健康体のニワトリやハトの骨髄は脂肪が充満てして、とてもじゃないが赤血球の造血像は見られない。

それで彼らは、ニワトリやハトを9日間から11日間絶食させて、骨髄を調べたところ、黄色骨髄は赤色に変色し、多数の赤血球が造血されているのを発見して、骨髄造血説をたてたのである。

これが定説になった。

 

骨髄で造血されることは事実である。

千島喜久男もニワトリ、ハト、そして病気のヤギなどを入手して、追試をおこない確かめている。

しかし、それはいずれも、絶食させた場合や病的な状況下におけるもので、何度も言うように、健康で栄養がゆきとどいているときは、骨髄では造血されていない。

すなわち、絶食や病的な状態の造血をもって、健康体のときの造血が骨髄であると断定していものかどうか、千島は疑問をもったのである。

 

 

血液に関する定説をいちいち文献で調べてみると、諸説粉々で、血液学はいろんな矛盾に充ちている。

たとえば、赤血球の寿命はおよそ115日であることは、いろんな学者が調査してはっきりしている。

だが、その赤血球が何かに分化するのか、消滅してしまうのか、その運命については未解決で定説はない。

その問題は後述するとして、赤血球の寿命が115日であるならば、人間の生体の全赤血球数を換算し、それを25で割れば、一日に消費する赤血球の数量がでる。

これを計算すると、成人でおよそ二千億個の赤血球が、毎日毎日入れ替わっているのである。

すなわち、毎日二千億個の赤血球が消滅し、二千億個の新しい赤血球が誕生して、生体に補充されているのである。

絶食しなければ造血が見られないような骨髄組織に、そのすべてを任せてしまうのは、とうてい無理な話ではないだろうか。

 

また、骨髄造血説では、赤血球の母体を赤芽球に求めている。

赤芽球は赤血球の数倍の大きさで、なおかつ核をもっている。

人間の赤血球には核がないから、赤芽球が赤血球になるためには、その細胞核を溶解するか、脱落するか、核をなくさなければならない。

どういう条件と環境のもとで、赤芽球の細胞核が消滅するのか、納得がいく説明はどの学術書にも記述がない。

 

ついで細胞分化の方向だが、系統関係の学者によっていろんな解釈がなされているが、大局的には脂肪球から血芽球、血芽球から赤芽球、そして赤芽球から赤血球に分化すると考えられている。

 

しかし、この解釈は、より複雑な構造を持った大きなものが、単純でより小さなものに移行する姿を示しているから、一般的な自然現象でいえば、死の方向に進行していることになる。

生体は極力無駄をはぶく構造になっている。

毎日二千億個の赤血球を生産しなければならないのに、大きな細胞に成長している一個の赤芽球が、容積にしておよそ十分の一にしか過ぎない小さな赤血球に分化するのは、いかにも無意味なエネルギーを浪費していることにならないだろうか。

これは造血の真の姿ではない。

 

さらに、造血の場の系統発生的研究が欠如しているように思われる。

その理由は、血液学者は断然医学者が多いことによるかもしれない。

彼ら医学者は人間を主たる研究対象にしているから、分野をひろげてもせいぜい哺乳類、鳥類までで、それ以下の動物の研究に関心をもたない。

それで高等動物だけの研究成果から、造血の場は骨髄だという消化管を無視したとんでもないところに場所設定をしたといえなくもない。

 

 

造血の場を新しい視野で考えるにあたって、いささか古典的な学説だが、注目したい説がある。

それはウニやナマコなど下等な腔腸動物の研究で得た説なのだが、腔腸動物というのは口と肛門と胃腸が一緒になった動物で腔腸のなかの体液は海水である。

その体液のなかには無色のアメーバーもいる。

美しい赤色を呈するアメーバー状の菌や、そのほか旋毛虫、鞭毛虫などの原生生物が共生しているのが観察される。

 

その古典的な学説というのは、腔腸動物の体腔液である海水は高等動物の血液に該当し、その体液のなかに棲む原生生物は、人間や高等動物の赤血球や白血球に該当するというものである。

これは類似性を短絡的に結びつけたものだが、進化論的な観点から見ると、見逃すわけにはいかない学説である。

 

たとえば、イソギンチャクの組織のなかには、クロロフィルをもつ緑色したクロレラ、稍褐色をおびたズー・キサンテラなどの下等な単細胞の緑藻類が共生している。

また、カエルの血液のなかには、原生生物である繊毛虫が共生しており、ミミズの血液のなかには含絲細胞と呼ばれる線状菌の塊のような血球が含んでいることがよく知られている。

 

こうした鳥類以上の動物を見るとき、造血の場は消化管を中心として、そこに存在する絨毛を通しておこなわれている。

なのに以上の動物だけが、なぜ消化管に縁が遠い骨髄のようなところを、造血の場としなければならないのか。

進化論的に見ても、系統発生的に見ても矛盾がある。

 

まして、栄養状態を考慮にいれず、ハトやニワトリを絶食させた実験の結果をもって、鳥類以上の動物の造血巣は骨髄であると決定したのは、間違いであり承認できないと千島喜久男は反論したのである。

 

 

千島学説としてもっともよく知られているのは、”腸管造血説“ である。

この説は、血液、その成分を代表する赤血球は腸で造られ、主として、小腸で造られるという学説で、治療家や食養家に強く支持され、千島学説といえば、腸管造血説のことだと思い込んでいるほど、民間療法を含む東洋医学の分野では有名である。

 

しかし、千島喜久男は ″骨髄造血説“ に反対するために ″腸管造血説“ をたてたのではない。

彼はそれ以前に、生物学における世界的な大発見をしていたのである。

 

千島喜久男が学位請求論文を書くために、高等学枚の教職を捨て、九州帝国大学農学部の嘱託に転出したの1940年のことで、身分は丹下正治教授の研究室の助手であった。

千島は丹下教授の助手としての任務をこなしながら、″鶏胚子の泌尿生殖器官の組織発生“ というテーマを与えられ、その研究にはげむことになった。

ニワトリのタマゴを観察して、原始生殖細胞がどのように発生するのか、その起源を解明しようというのである。

 

こうした研究では、これまでの学者は中腎、すなわち胚子の腎臓から胚子の睾丸や卵巣だけを切り離して標本を作製するのが一般的だったが、彼はいつも中腎と生殖腺を一緒にした標本を作製した。

この研究では、卵内に発生する胚子を孵卵三日目、四日目頃から調べなければならず、中腎は生殖腺にしっかり結合していて、切り離すことはほとんど不可能に近かった。

それで、彼は発生のはじめから孵化する当日まで、いつも両者を一緒にして標本を作ったのだが、これが千島の大発見につながったのだから、世の中何が有利に働くかわからない。

 

中腎と生殖腺が結合した標本を1ケ月ほど見続けているうちに、千島はこの両者の間に境はなく、連続的であることに気がついた。

そればかりでなく、さらにその限界領域では血管外に出た赤血球が無数にあり、しかもそれが生殖細胞やそのほかの細胞に移り変わって行く姿をはっきりと確認したのである。

 

しかし、千島も最初は自分の眼を疑った。現代生物学は、はっきりと細胞と赤血球を峻別している。

赤血球は赤血球であり、細胞は細胞であって、分化成長という意味では、赤血球と細胞は何の関連もなく、まったく別個の存在なのである。

赤血球は何ものにも形態変化をせず、赤血球として、その生命を閉じる老化した細胞としてとらえられている。

 

また、細胞は自らの核を分裂して増殖するのであって、生命の起源とされる赤血球といえども、細胞に分化することはないのである。

なのに、千島は赤血球が生殖細胞に分化しているという、生物学の常識をやぶった姿を見た。

 

生殖細胞だけではなく、赤血球はそのほかの細胞にも移り変わっていた。

顕微鏡を何度覗き直しても、作製したどの標本を見ても、赤血球はより集まって、一つの融合体を形成し、まだ核のないもの、あるいはすでに核を造りはじめているもの、赤血球が分化して細胞が新生されてゆく過程の全景が、千島の眼の前で展開されていたのである。

 

細胞は細胞から、生物学の教科書には、細胞が分裂して増殖していく姿が、見事な図版入りで解説されている。

それは大生物学者が研究に研究を重ねて完成された、”細胞分裂説“ という真理である。

だが、学術書にどのように書かれていようと、大生物学者が発見した定説であろうと、事実に反するものは真理ではない。

 

生物学に革命が起きたのだと千島喜久男は思った。

偉大な科学者が築きあげてきた、生物学の教科書は、その第一ページから書き改める時がきたと千島は感じた。

 

それには、まず千島の直属の教授である丹下正治を説得しなければならない。

千島は血球が細胞に移行している顕微鏡標本を丹下に見せて説得した。

丹下は千島の説明する現象を認めながらも、生物学の根底をくつがえすような世紀の大発見を、1年やそこらの研究生ができるものではない。

何かの間違いだろう。

もっとよく研究するようにと言って、当初はまともに相手にして貰えなかった。

 

千島は根気よく丹下に標本を見せ、説得を続けた。

その結果、ひょっとするとひょっとするかもしれない。

学位請求論文にまとめるようにという許可がおりたのである。

 

千島のこの学位請求論文は ″鶏胚子の泌尿生殖器官の組織発生並びに血球分化に関する研究“ というもので、1940年に研究がはじまり、その間に大戦、この国の敗戦があって中断し、完成を見たのが1947年で、その年の9月に九州大学の教授会によつて正式に受理された。

 

千島の学位請求論文がパスしていれば、その後の生物学の歴史は大きく変わったに違いない。

しかし、論文は審査されなかった。

千島論文がパスすると生物学の定説は根底から崩れることになるから、ほかの大学の教授たちが、九州大学の当局及び論文審査の担当教授に、圧力をかけたからである。

 

だからといって、九州大学では千島論文を不合格にもできなかった。

不合格にしてこれと同様の論文が、国内あるいは国外のどこかの大学でパスするようなことがおこれば、たちまち九州大学の不名誉になるからである。

 

ことのおこりは、千島論文の副査にあたっていた平岩馨という教授が、この論文をパスさせる自信がないと言って、さっさと審査から降板したことに端を発している。

主査の丹下正治もそれを理由に、千島に学位請求論文の自発的取り下げを求めたのである。

 

閉鎖的な学界に失望を感じはじめていた千島は、すでに学位の有無に拘泥していなかった。

彼にしてみれば、合格・不合格はどちらでもよく、とにかく九州大学の見解を示して欲しいという思いが強く、論文の自発取り下げを拒否した。

 

宙に浮いた千島の学位請求論文は、およそ10年間というもの九州大学に放置されたまま、丹下正治教授が定年退職する日が来た。

教授は千島が盛岡高等農林に在学中からの恩師である。

教授のたっての願いにより、この場に及んで自発取り下げも余儀なく、論文は空しく千島の手元に戻つたのである。

 

大学が正式に受理した学位請求論文が、一度も審査されることなく、10年間も放置して請求者に自発的に取り下げさせたという例は、おそらく他にはなく、前代未聞の出来事であったに違いない。

丹下正治は千島の偉大な発見を最初に認めた学者であり、そして、皮肉なことに千島学説を迫害した一番最初の人物になってしまったのである。既成学説を信じる既成学者によって、千島理論はそのスタートから障害を受け、その後も彼の学説は受難と迫害にあい、やがて無視、黙殺されていくのである。

 

しかし、千島は少しも怯まなかった。

それは先に触れたように、彼は骨髄造血説をはじめ、血球、とくに赤血球の矛盾をつぎつぎにあばき、そして、腸管こそ鳥類から人間に至る高等動物の造血の場であるとし、腸管造血説をうちたて、世紀の大発見を発展させ、裏づけたのである。

 

血球は生命の根元である。

そして、その血液容積の半分近くを占めているのが赤血球である。

人間成人の血液の量は、およそ5リットル、その二分の一を出血で失えばまず死亡する。

 

このように血液及び赤血球は、誰が見ても生命と重要に関わっていることが理解できるのだが、従来の学説では赤血球の役割を生体の組織へ酸素と栄養分を運び、二酸化炭素義を運び去るという、単なる運搬役以上には規定していない。

 

また、先に触れたように、赤血球の平均寿命は115日とされている。

どのように調べたかというと、アイソトープで赤血球にラベルをつけて生体に戻し、その血球が生体から消失するまでの日数を追跡し、判定したものである。

だが、赤血球はどこで、そしてどのようにして消失するか、その運命については学問的にまだ解っていないのである。

 

赤い血潮といえば、若さの表現である。

その象徴たる赤血球が、単なる運搬役で、そして、100日そこそこで消失する死の一歩手前の細胞とは考えにくい。

千島が顕微鏡下で見たように、赤血球は消失するのではなく、核を得て細胞に分化発展する前途洋々たる若き細胞だと私も思う。

 

トリの赤血球は核を持つが、人間や哺乳動物の赤血球は核がない。

無核なのは細胞になる前の幼若な段階を意味していて、核を得て細胞となる途中の状態を示している。

それは、高等動物ほど成長の過程が複雑だからである。

千島はそういう観点から、人間の赤血球は核を得て白血球やリンパ球、そのほか中間移行型を経て、細胞に分化するという ”赤血球分化説“ ならびに、”細胞新生説” を提唱したのである。

むろん、理論だけではなく、学位請求論文に見られるように、観察した実際の事実に基づいたことはいうまでもない。

頭の天辺から足の爪先まで、人間の成体の細胞は、平均およそ60兆といわれているが、赤血球はあらゆる毛細血管から組織の間隙に進出し、その細胞環境にしたがって、からだの部分部分の細胞に連鎖的に反応して分化するのである。

健康体では赤血球は正常な細胞に分化し、病的な状態では、がん細胞や炎症部の細胞に分化する。

 

赤血球はすべての細胞の母体であるという、この千島の赤血球一元論を採用すると、医療や健康法は大きく変革するであろうし、そして、従来の生物学や医療では不明であったもろもろの盲点が、きわめて容易に説明することができる。

 

既成の学説、すなわち細胞分裂説では説明がつかない現象がたくさんある。

その顕著な例をあげると、私たち人間の脳細胞、肝細胞、筋肉母細胞などは、生後6ケ月以降はまったく細胞分裂をしない。

なのに、