化学物質過敏症の怖さ                Makoto Shirase


「この飽食の時代に食糧難なんて」「化学物質過敏症はひとごと」だと思っている人が多いと思いますが、これらは平凡な日常生活を送っていて急にぶつかってくる災難のようなもので、突然当事者になる方も多い昨今です。

 

【化学物質過敏症の人は、なぜ「自然栽培」の農産物を食べるのか】

白瀬農園では虚弱だった母が食糧確保のため40年前から自然栽培をはじめたのですが、胡散臭がられる、儲からない、疲れる、という理由で私はこの農業が好きではありませんでした。

結婚後に自分でシロアリ駆除剤と急性農薬中毒の過敏症2大パターンを経験して出戻らなければ、手伝うことは無かったと思います。

 

田舎では食の安全に関心がある人はなく全く野菜が売れないので、ウェブ販売をはじめると、数日後に当時日本で最重度の化学物質過敏症のお客さんたちから問い合わせが来て、「安心して食べられる野菜が全然見つけられない」という悩みを聞き、衝撃をうけました。

 

「うちの子供は農薬、肥料ともに一切使用せず、しかも数十年たった畑の野菜でないと食べられない。

有機栽培では肥料や種の農薬に反応するので、食べると嘔吐と失神で命が危ないんです」

 

彼らの悩みを聞くことで、「化学物質過敏症」の怖さと「自然栽培」という農法の意義を初めて知り、重度化学物質過敏症のお客さんが元気になるまで個別に追跡調査しつつ生涯お付き合いできるよう、記録の残しやすい会員制の自然栽培野菜専門店を新たに設置したのが昨年です。

 

「化学物質過敏症が重度まで進捗する過程と、因果関係」

「安全な農法で生産された野菜がどの程度の健康・幸福貢献度を持つか」

農産物を販売するだけでは見えない上記の2点が見えるのは、他の農法では得られない自然栽培の農業者とお客さんの関係性の特徴だと思います。

 

以前、医療機関で末期がんなどで西洋医学で手の施しようのない方などを対象に統合医療の有用性の症例作成をする仕事を経験しましたが、

医食同源、また医療費の逼迫から政府が進めている※「自助」という点からも、自然栽培の野菜を中心とした生活者の追跡調査は今後、必ず証明が必要になる分野と考えます。

 

(※自助=セルフケア。生活習慣病の多くは初期の自己管理で医療費を抑えられるという考え方。

顕著な例として糖尿病では人工透析患者になると生涯医療費7000万程度だが、運動や食の管理で初期からセルフケアができれば健康にお金をかけずに生活できるケースが多い)

 

【化学物質過敏症が重症化すると、なぜ食糧難になるのか】

化学物質過敏症(CS=Chemical Sensitivityの略)とは、食べものや空気に含まれる化学物質に反応して様々な症状を示す病気(体質)で、反応の程度は軽重の差が大きく、ごく症状の軽い方は特別栽培や有機栽培の作物を食べられるし、マスク装着すれば外出もできますが、

ごく重い方は畑や種、空気に含まれる微量の薬品にも反応するため、農薬と肥料を全く含まない条件で栽培した野菜(自然栽培)や、汚染のない洞窟の奥から採取した塩以外は食べられず外出は不能の方が多く、

嗅覚過敏が進めば熱を発する電子機器からの化学物質の揮発に耐えられなくなり、電磁波過敏が進めばインターネットや携帯電話の使用はできなくなりますので、社会から隔絶されていきます。

 

最も重いグループでは様々な病を併発し、失明寸前で酸素ボンベを抱えながら寝たきりの方が多くなります。

食物アレルギーとの併発というケースで重度での発症が低年齢化してきているため、未就学児童が教育や友人を作る機会も得られないまま成長する場合も多くなっています。

 

こういった最重度の方は共通して、食事の面では平均自然栽培歴30年程度の清浄な畑や開墾地でつくった野菜でないと食事のたびに激痛や腹痛、嘔吐、失神、失禁、出血、発熱、倦怠、硬直発作などの苦しい症状を伴うと言います。

 

安全な栽培法であっても慣行栽培を経験した土の中には驚くほど長い期間、農薬の残留があるもので作物の根が長いものや窒素吸収力の強いものほど、それらの成分を可食部に蓄えてしまうためで、中程度CSの人では自然栽培歴7年から10年くらいのまでの野菜が食べられても、重度で寝込むことを繰り返すくらいの人では、20年経過した畑でも発作が出るなど、症状の重さにより食べられる野菜が変わっていきますが、重度の人が、まず豆類から食べられなくなるのは上記のような理由と考えられます。

 

このため、反応の出ない「痛くない食糧」の確保のため自然栽培歴の長い農家さんと直接交渉をして1年分の食糧を購入する方法を取る方が多くなりますが、残念で恐ろしいことながらCS反応というのは徐々に進んでいく傾向があるため、少し前まで食べられていた農家さんの野菜が突然食べられなくなっていき、終わらぬ命がけの食べもの探しと農家さんの争奪がはじまります。

 

「3日にいちど、ジャガイモ2個」などと「食べられるもの」を日割りで計算して食べつないできた。

体重は30kgくらいでほぼ失明し、お通じもほぼ止まってしまい、寝返りも自力ではできない。

 

日本では食べられるものが探せなくなったので、知人に依頼して海外の無農薬のフルーツ数個を買うために現地まで行ってもらう」

 

「何気なくキッチンの隅に置いておいたじゃがいものほかに、なんの備蓄もないまま、今まで通販で買っていた自然食品店の野菜も、紹介されたどのお店も、どの農家さんの野菜も食べられなくなった」

 

「日本中の野菜が食べられなくなったので、真冬の野原で食べられそうな草を探してさまよった」

 

「体に合わないものを食べると失神してしまう子供に食べさせられるものが見つけられず、何日も寝ないでパソコンで検索し続けた」

 

日本で初めてCSの障碍者1級認定を受け、現在最重症と医師に診断されているお客さんの例では、当園と出会う前は食糧への危機感から何年分もの食糧を備蓄したにもかかわらず、反応の進捗でそれらが食べられなくなり、家の中で何トンもの穀物に囲まれながら餓死の恐怖に怯えていたそうです。

 

この方には、「世界中の食べものを試しましたが、白瀬さんの野菜が世界一安全な野菜です」と言っていただいたことがあります。

 

私の調べた限り、日本で最も自然栽培歴の長い畑は60年くらいです。

そういう農家さんは数軒あるのに、なぜそちらは食べられなかったのかが疑問でしたが、最重度のグループでは農薬、肥料が一切不使用であっても、苗の生育時に水道水を使われた野菜は体が受け付けないという例があるため、この点が更に食べもの探しを難しくしているようです。

 

全財産をつぎ込んで集めた食糧が食べものでなく、無意味なものになっていくのはどれほど恐ろしく悲しかったことか、想像はできても健康な人には芯から理解はできないでしょう。

対照的に、備蓄もなく心の準備もないまま突然食べものが入手できなくなるケースも見られます。

 

体験してきた方々の生の声を聞けば、「食糧難」という表現は過剰な表現ではないはずです。

こういう方々の食糧の1年分を確保となると、北海道にある農園では作付けできる期間が短いため、現在でも当園の夏野菜のほとんどは冷凍備蓄目的という形で予約完売になってしまっています。

 

緊急用に余剰分は用意し、主食の代用になりうるカボチャ、じゃがいも、豆は余分につけていますが、毎年、日本一とあまり変わらないレベルの方が新規で飛び込んでくるので、自家用野菜のとりおきも全くできていない状態です。

 

「白瀬さんの畑に生える草でもいいので、送っていただけませんか」という切実な方をお断りしなければならないのは、とても悲しいことです。

 

 

【重度の化学物質過敏症の生活状況の実際】

・一年で大きく二度変わる季節風により、近隣の散布物の飛散が無いかを調べた上で、農薬や生活臭のない清浄な空気や耕作地を求めて標高800から1500メートル級の山々に移り住む。

(※ある程度重症の方でも、空気が綺麗ならば見違えるように元気になり、活動できる方が多い)

 

・当然、人間の住まない山には住居から手作りしないと住めない。

反応の出ない建材が無いので森を開墾しながら零下十数度の中、手製の家やビニールハウスに仮住まい。

 

・もちろん水道も電気も無い。

清水や手作り井戸を確保する。

冬は井戸水も凍り、山道が閉鎖されるので水の確保も難しいため、秋口から春までの備蓄容器あつめも必要。

 

・日用のお水も丸一日がかりで山奥の清水を汲みに行ってもらう。

容器がプラだと反応するので生活に使うすべてをまかなえる量を一升瓶で運ぶ。

 

・焚火の煙など天然成分の刺激にも反応するようになるため、暖を取る方法もない。

中には枯葉を布団にしたという方もいる。

 

・森を開いて畑を開墾し、すべてにおいて自給自足の生活。

グループや村をなして生活する例もあるが、数年であれば一人きり、あるいは少数の家族で急な移動に備えた車中泊のほうが多い。

 

・せっかく定住できても、大規模農業化により山間にも薬品散布が始まり、追われるように転地を繰り返す。

 

食糧の備蓄や空気の良い場所を探して転居を繰り返して経済的に破綻し、家族の理解が得られず家庭も壊れていく方がほとんどです。

 

自力で逃避行を繰り返す力と経済力があるうちはまだ元気なほうで、避難に疲れると結局、「日本のどこかにはかならず汚染のない土地が残っているはず」という希望を失っていき、都会に戻っていくケースが目立ちます。

 

一見のどかでありながら田園地帯の農薬散布量はひどく、都会の高気密住宅で空気清浄機を一部屋ごとに何台も稼動させ、マスクを何重にも重ねて暮らすほうがまだマシだからです。

 

化学物質過敏症の最重度の患者さんたちは、これらの様々な苦しみを経験をしながら、大方は前述のように寝たきりになっています。

 

知れば知るほど慄然とし、これが文化の進んだ現在の日本の住人の姿かと疑問に思いませんか。

 

食や環境の安全性より経済活動を優先した社会構造のほんの一部の犠牲者で、こんなに重症化する人は滅多にいないんだから関係ないことだ、と思う方のほうが多いでしょうか。

 

ですが、こういう方々の話を聞きつづけたかぎり数年前まで普通に旅行したり、友達とファミリーレストランで食事し、ごく普通の生活を送っていた方ばかりです。

 

普通に暮らしていたのに、あるいは健康に気遣った食生活をしているにもかかわらず、ある日突然、体が受け付ける食べものがなくなってしまう。

 

ある意味、余命宣告と同じような重い衝撃をもって急にぶつかってくるところが、この重度化学物質過敏症の本当に恐ろしいところだと思います。

 

【重症化した化学物質過敏症は、良くなるのか】

化学物質過敏症は、発症のメカニズムが完全に解明されておらず、薬も使えないためお医者さんが助けてくれない症状ですから、重症の方の絶望は筆舌に尽くせぬ大きいものですが、

この記録は現在、化学物質過敏症に悩む方の不安をいたずらに煽ることが目的ではありませんので、重症になってからでも良くなっていくケースも珍しくないという点も加えておきます。

 

表現として、コップに注いだ水が定量に達して溢れるように、人間の体内に不自然な薬品が一定量溜まると発症するのが化学物質過敏症だ、という方がいます。

 

不自然な食や環境が原因で体内に溜まった汚染物質が健康を害するというのなら、逆説的に汚染のない環境で汚染のない食物を摂取し続ければ、体内に溜まりきったそれらが漸減していくだろうということも仮定できます。

 

 

マラチオン、クロロフィリホスなどの有機リン系農薬は有機農産物を食べはじめるとすぐに検出不可レベルに減少する一方、アジンホスメチル、ジメトエート、アセフェートは微量でも検出され続けるため、食べものに注意することで農薬から身を守れるという論旨のものですが、体内に取り込んだ化学薬品が出終わるには結構な時間がかかり、しかも完全な排泄ではないという見方も一方でできます

※有機農産物に使用された肥料の残存農薬についてはここでは触れません。

 

 

代謝能力が落ちた過敏症の患者さんは、この体内残存期間に健康な人よりも体に受ける負荷が大きいことで苦しみ、排出までの期間が長いことで体組織に取り込まれる薬品の量が増えてしまうことで症状が進んでいくと仮定すれば、

負荷のかからない安全度の高い食物を摂取し続けることで安静を保って体力をつけ、徐々に健康を取り戻すことは難しいことではなく、初期や中期の段階から摂生していれば元気に過ごせる人が多いのは当然と思われます。

 

ポリフェノール類のような抗酸化成分の含有範囲で、有機作物(食品)では一般作物より相当に高いこと、これらの化合物の多くが食事介入・疫学研究において心血管疾患、神経変性疾患、いくつかのガンを含む慢性疾患のリスク減少に関連付けられたと記されています。

 

たとえ重度で寝たきりを経験し失明寸前だった方々でも、体力がつき発汗などの代謝があがったのちに視力が回復し、同時に排泄や運動機能が回復した例や、

空気が良いところで適度に運動ができる環境にあった人では、寝たきりから完全に回復して農作業ができるまでになった例(この方は医師の指導で運動療法をしたとのこと)があります。

 

「急性薬物中毒からの中枢神経の全身麻痺」や「栄養失調による貧血」「慢性疲労症候群」など医師の診断名と病因は違うものなのに、それらの野菜を食べているだけで同じような経緯を経て回復が見られるのでは、安全な栽培法で育った農産物の健康貢献度が高いことの実証といえると思います。

 

安心して食べられるものがなく、少食に慣れた消化器が運動不足になり、そのため便通が途絶えがちになっていたのなら、お腹いっぱい食べれば腸が動くのは自然なことだろうし、

同じ理屈で材料がないから血を作れず、貧血していたのが良くなるのも当然だろうし、貧血していれば運動する元気もなく狭隘な毛細血管から血行が悪くなり、その最たるものが視神経周囲にあると考えれば、視力が回復するのも自然なのだろうと思われます。

 

【安全な農法を拡大し、基準として根付かせてください】

化学物質過敏症は、大気の汚染された日本に住み、日本の現在の主力の慣行農法でふつうに提供される農産物、添加物まみれの加工品を摂取するかぎり、だれにでも起こりうる新しい生活習慣病(食源病)の一端であり、今後はだれもが同じような経過をたどっても不思議ではないのだと、私は考えています。

 

だから、これらの重症患者さんたちの例を記しておくのは、すぐ先に訪れるだろう食糧難時代に備えるための警鐘として、また、電子機器の使えなくなった彼らに代わり、

「きれいな空気がほしい。安全な食物だけが供給される社会になってほしい」という切実な願いを伝えたい気持ちと、彼らの現状を知ってもらうことで健康意識を持ってもらえればという願いからです。

 

「もしも、国民の大半が重度のCSを発症する時代が来た場合、安全な食糧、汚染のない畑は足りるのか」

 

自然栽培の業者さんに出会うたび話してきましたが、この疑問に答え、心配を払拭してくれる人を見つけられませんでした。

この件について考えている人も、知っている人も少ないのです。

 

杞憂で済めばよいと思いつつ、当園では安全な栽培法の新規就農希望者を支援し、毎年少しずつでも自然栽培の畑を増やすという対策を続けています。

 

「自然栽培」でなくとも「有機栽培」でも「無農薬栽培」でも、生物の安全が守られ環境を汚さなければこの際、どんな名称の農法でもよいだろうと個人的には思っています。

 

それを継続さえすればCS患者さんは確実に減り、重症化した患者さんも外の空気を吸えるし食べられる作物や畑は自然に増えていくからです。

 

一般の方では、近所に空いた畑があるのでしたら、地域での農コミュニティや共助関係づくり、運動をかねて心身ともに総合的な健康効果のある、農薬を使わない家庭菜園を作るのがもっともおすすめです。

 

第二のおすすめは、ご家庭でのお子さんへの継続した自然な健康意識教育です。

お子さんが小さなうちはお母さんが安全な素材選びをして作ったお料理を食べていても、中学以降からは付き合いから手軽なコンビニのお弁当やファストフードを好み、お母さんの料理を食べなくなるというケースをよく聞きます。

 

自分では健康管理をしない成人になって一人暮らしをはじめてしまうとなると、安全な食生活は継承されていきません。

 

日本では料理をする家庭や人口が減りつづけていますが、これが農業の衰退を招きます。

出来合いのお惣菜やお弁当を買う人ばかりで、野菜を買う人が減るからです。

安全な野菜を選んでお料理をする家庭が増えることは、安全な農業を推進することになります。

 

お子さんやお孫さんに成人するまで、安全な食べものを提供し、健康に育ってもらう。

面倒くさがらずに、その理由を小さいうちから教える。

子供たちが元気に幸せに育ってくれることと安全な農業の拡大は、つながっています。

 

重度の化学物質過敏症の方の体験談は目にする機会がまだ少ないと思いますので、周囲の方が発症した場合の備えとして、体験した方の生活をまとめた記録が警鐘や参考になれば幸いです。

 

重症化しやすい生活傾向の統計については、機会があれば記録します。

 

※この記事は管理者直井氏の勧めにより化学物質過敏症の専門医である三好基晴医師に検閲をいただきました。

 

 

 








          たきがみ博士の想い

 

誰でも、自分の中に伝統がある。自分が経験したすべての過去の累積、それが”いま”のわたし。

過去とは思いだすこと、現在(いま)は過去の必然、そして、未来は想い、選択すること。

いまは、変えられない。

しかし、人には明日があり、未来がある。明日は、こうありたいと想いを持つことができる。

 

すてきな明日に向かって、”これからへの想い”を具体化するJourney、しっかり楽しみたいと思います。

そして、”いま、ここ”を丁寧に活きる。

みずからの人生の軌跡を、すてきな笑顔でみつめるために。

 

旬(ときめき)亭 亭主 たきがみ博士
  たきがみ博士


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☆他人に期待すれば不満になり、

  自分を信頼すれば自信になる 

☆人間関係とは、他人を通して自分自身

  との付き合い方を学ぶ機会なり 

☆自分の短所を受け入れるとき、

  自分らしさという魅力が生まれる 

☆最も空しい人生とは、

  すべてが思い通りになる人生である 

☆幸せは得るものではなく、気付くもの


☆樹木は、上に伸びる前に下に伸びる 

☆他人との対立は、

  自分の心の中の対立に過ぎない 

☆幸せだから感謝するのではなく、

  感謝するから幸せを感じる 

☆孤独を知らなければ、

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