美味しい「パン」が知らぬ間に人々の「脳」を蝕んでいる…!
アメリカでベストセラーとなり、日本でも大きな反響を呼んでいる本『「いつものパン」があなたを殺す』の翻訳をされた、順天堂大学大学院教授・白澤卓二先生にお話を伺った。
最近、人気モデルや著名人が実践中ということでも話題の“グルテンフリー”。
健康に関心の高い人やダイエットを目指す人たちを中心にじわじわと注目を集め、グルテンフリー食品や専門店なども登場している。
しかしこの“グルテン”、どうやら特別な人々だけに関わる問題ではないらしい。
私たちの「脳」に着々と、深刻な影響をおよぼしている可能性が高いのだ。
小麦に含まれる「グルテン」が脳を鈍くしている!
セルビア出身の男子テニスプレーヤー、ノバク・ジョコビッチ選手。
彼は世界ランク3位で伸び悩んでいたとき、ある簡単な検査でグルテンに過敏な体質を持っていることを知った。
そこで彼は14日間、グルテンを含む小麦食品を一切断った。
すると体調がよくなり、パフォーマンスもアップした。
2週間後、再びグルテンを含むベーグルを1個食べてみたところ、その翌朝は体のキレが悪く体力が続かなかったという。
「腸管に炎症が起きていたんですね。『リーキーガット』になっていたんです」
普通、小腸の粘膜を覆っている細胞は、1つ1つが規則正しく結びついて並んでいるのだが、グルテンアレルギーがあると、この細胞の結びつきが崩れて緩み、腸管に穴が開く。
すると中から毒素が漏れ出し、それが脳へと到達して「キヌレニン」という神経毒性物質を生み出すという。
これが『リーキーガット』。
「『キヌレニン』が脳のニューロン(神経細胞)に作用すると、神経伝達物質が出にくくなります。
つまり、『キヌレニンがジョコビッチ選手の脳を犯していた』ということです」
ジョコビッチ選手は本格的に小麦食品を除去し、良質なタンパク質や脂質を十分に摂る食生活に変えた。
そして世界ランキング3位から1位へと上り詰め、快進撃が続いている。
「グルテンを除いた影響ですね。相手がボールを打ってから次の動きを始める前には、信号が脳のいくつかの『シナプス』を経由するんですが、そのシナプスの結合が良くなったんです。
相手が打った瞬間に動けるから、ストロークが安定したんでしょう」
グルテンを断つことで、脳の働きがよりスムーズになった。逆に言えば、“グルテンが脳の働きを悪くし、動きを鈍らせていた”ことになる。
実際に映像で観てみると、同じトップクラスの選手と比べてみても、動きの速さが段違いであることがわかる。
「こういうことが、小麦で起きているんです。
『パンがあなたを殺す』というのはそういう意味です。
たとえ全粒粉のパンを食べたとしても同じです。『脳の中が空っぽ(Grain Brain=穀物脳)になる』、ということなんです」
“袋入りパン”が売られているのは、実は日本だけ!
ジョコビッチ選手はグルテンに過敏性があった。 だが、私たちはどうなのだろう。
スーパーやコンビニなど街のいたるところで“袋入り”で売られているパン。
日本で流通しているような“ふわふわ”と伸びがよい、“日持ちする”パンを作るためには、グルテンを多く含む「強力粉」を使う必要がある。
日本での強力粉の自給率は1%程度。
そのため輸入に頼るしかない。
日本のパンの原料となっている小麦は、ほとんどがアメリカやカナダからの輸入品なのだ。
「フランスでパンといえば『バゲット』で、強力粉は使いません。
日持ちしないので、パンを買いに、街のパン屋さんに足を運ぶわけです。
パンがビニール袋に入って売られているのは、日本だけです。
日本ではこれ(袋入りの食パン)が普通のパンだと思っていますよね。
学校給食でも袋入りで配られますからね。
でもこれ、もともとが『強力粉』を使わないと作れないものなんです。
100%、輸入小麦を使わないと作れない仕組みに、最初からなっていたわけです」
あなたのイメージする小麦は、“本当の小麦”か
いくつか、小麦の穂の写真を見せていただいた。
広々とした畑の中で、ゆらゆらと穂をなびかせながら大きく育つ…。
小麦にはそんなイメージがある。
しかし、1960年から1980年までの間に行われた度重なる品種改良によって、小麦はその姿・形を大きく変えた。
「現在作られている小麦のほとんどがこれです」。
白澤先生がそう言って指し示した小麦は、1960年代に作られていた小麦と比べ、背丈は半分以下。
大量の化学肥料や農薬を使わないと育つことができない。
『小麦は食べるな!』(Dr.ウイリアム・デイビス著)によれば、現代の小麦は、収穫量を増やし、病気や日照りなど環境への抵抗力をつけるために、“異種交配”や“遺伝子情報の大幅な変更”が繰り返され、高い生産性をもつ矮性小麦へと変わった。
現在、世界で作られている小麦の99%が、こうした矮性小麦や半矮性小麦だという。
グルテンの含有量が少ない昔の小麦では、“ふわふわ”した食感のパンやパンケーキは作れない。
品種改良によってグルテンの量が増えたからこそ、より“ふわふわ”な食感になる。
つまり私たちは、昔とは性質の違う、「体が受け入れる準備が整っていない」小麦を食べているらしい。
誰もが、グルテンで脳に“炎症”を起こしている
小麦グルテンによって小腸が損傷する「セリアック病」という病気がある。
これはごく少数の人がかかる小麦に反応する自己免疫性疾患だ。
しかし、「セリアック病」でないからといって安心できる訳ではない。
この病気でなくとも、グルテンを適正に処理できない過敏症である可能性があるという。
「小学校の頃から炭水化物ばかり食べさせられてきて、グルテンに対するアレルギー検査も受けていない。
それにコレステロールの多い食事も摂っていないでしょう。
条件的には、日本人はほぼ、腸管に穴が開いているとしても不思議ではありません。
ほとんど日本人全員にあてはまるのはないでしょうか、彼(デイビッド・パールマター)が言っていることは」
つまり私たちの誰もがグルテンに過敏であり、「脳」にグルテンの影響を受けている可能性が極めて高い、ということなのだ。
さらに、グルテン以外の「糖質」、「炎症を促進する食べ物」、「環境有害物質」などが組み合わさることで、脳への影響が加速する…と著者は指摘する。
「1日の糖質は60g以下に、と彼は言っています。
そうしないと脳に炎症が起きてきます。『
キヌレリン』という毒が発生して、脳を犯すんです」
今まで小麦を食べてきた量によって、その影響に差は生まれるのだろうか。
「彼は『(小麦以外も含む)炭水化物の影響は蓄積される』と言っています。
人生において、炭水化物を食べれば食べるほど脳が燃えている時間が長くなり、脳の中の空洞が大きくなる、と断言しています。
濃厚に食べていればそれだけ、たとえ生きている時間が短いとしても、『脳が空っぽになる』と」
ふわっふわの美味しい「パン」が、心の病の原因に
実際に「小麦を断つ」、ただそれだけのことで、うつ病や統合失調症、注意欠如・多動性障害(ADHD)、自閉症、記憶・認知障害などの精神や行動にかかわる病が治った、という多くの例が存在する。
グルテンにはまた、強い依存性がある。
グルテンが胃で分解されると、アヘンに似た作用を持つ「エクソルフィン」という物質に変わる。
それが脳の“関門”をするりと突破し、脳内に入り込む。すると「おいしい!」「最高!」という恍惚感を生み、依存性を引き起こす。
「パンを食べて『ふわっ』とした快楽が脳に走るのは、血糖が上がったからではなくて、エクソルフィンが脳まで行き、『アヘン受容体』と結合したからなんです。
つまり、神経回路が行動を制御している、ということです」
精神の病を引き起こす“だけでなく”、脳などの神経系組織を破壊し、しかも依存性がある。
それが多くの食品に含まれているとなれば、問題が大きいのではないか。
小学生は給食でパンを食べている。
集中力を保てない、疲れやすい、キレやすい、アレルギーの増加…。
ちょうど1980年代頃から指摘され始めた子どもたちのこうした変化も、小麦がひとつの要因となっているのだろうか。
「まず、すべき事は『パン』を食べないこと。
給食でも、みんなで『パン』を食べなければいい、ボイコットすればいいんです。
牛乳も本当はやめるべきなのです」
問題は「パン」だけではない!
“小麦を断つだけ”で、慢性疲労、自己免疫疾患、アレルギー、関節炎、偏頭痛、じんましん、心臓疾患、といった多くの原因不明の病気が治ることがある。
つまりそれだけ、小麦がいろいろな病気の引き金になっているということだ。
アメリカでは、小麦をやめてお米を食べる人が増えてきているという。
しかし、パンをほかの穀物に変えればいい、という問題ではないと、白澤先生は指摘する。
「パンをやめて、うどんを食べていたら意味ないですし、グルテンフリーにすればいい、というわけではないんですよね」
炭水化物(糖質)が多くの現代病の原因になっている。
したがって、なるべく健康でいたい人はまず、糖質の摂取量を減らさなければならない。
糖質を摂ることで“糖化反応”が加速し、体のあらゆる組織を酸化させる。
“健康にいい”イメージのある全粒粉のパンも、グラノーラも、ブランのシリアルも、その本体は糖質であることに変わりはない。
血糖の急上昇を招き、体にダメージを与える。
「グルテンフリーが健康にいい、というわけではないんです。
全粒粉のパンが健康にいい、と勘違いしてたくさん食べた結果がこうなっている(糖尿病などが増えている)のです。
肝心な部分を理解していないと、グルテンフリーを食べて病気が増えた、という話がおそらく何十年か後にまた繰り返されるでしょう」
世間では、ある特定の“機能性”だけに着目した食品や情報があふれているが…。
「体にいいものを摂り入れれば『毒』がなくなるかというと、そうではない。何かを足せばいい、混ぜればいい、という発想は間違っています。いくらブロッコリーを食べても、いくら白米に雑穀を混ぜても『毒』は相殺されない。
『毒』は取り除かなければ意味がないのです」
“低糖質”をアピールした食品を目にする機会も多くなった。
もちろん、それで健康になれるというわけではない。
重要なのは、食生活全体のバランスだ。
ただ、その“食生活のバランス”にもまた、問題がある。
「コレステロールは体に悪い」という誤解が、あまりにも世間一般に浸透しているからだ。
なぜ、コレステロールに関して、こうした認識が広まってしまったのだろう?。
その背景にある“いろいろな事情”についても、私たちは知っておいた方が良いだろう。