いかによく活きるか、いかによく老いるか、いかによく死ぬか 

よく活き、よく老い、よく死ぬ

死をしっかり見つめることにより、活きる覚悟と、老いる覚悟、死ぬ覚悟を得ることができる。   

それは、死という人類最大の不安から解放され、真の意味でこころ豊かな、希望に満ちた活きかたにつながる。  


 

朝生まれたカゲロウは日暮を待って死に、

夏を生きるセミは春も秋も知らないで死ぬ。

 

考えてみると、

日々を過ごすことができるということさえも、

実にゆったりとしたことだと思えてくる。

 

命が足りない、

命が惜しくて死にたくないなどと思っていれば、

たとえ千年生きていても、

人生はたった一夜の夢と変わらない儚い気持ちがするだろう。

 


 

老いは劣化でなく、成熟だ。

 

生れたときから、

胎内にいるときから、

「老いる」という運動が始まった。

 

「老い」というものが、突然降ってくるわけはない。

 

成熟していく・・・、

 

心身共に、いつまでも、いつまでも。

 


 

秋は気配

冬は足音

春は予感

夏は到来

   

それらは

やって来ては去りゆく波のように

    

我々も いずれ否応のない力によって

必ず 何かを失う。

       

健康な肉体も育ててくれた親も、

友人やパートナーも

       

築いてきた地位も必死で貯めてきたお金も

維持してきた美貌も2人で過ごした時間も

    

動き続けてくれた心臓も

働き続けてくれた手足も  

毒素を解毒し続けてくれた肝臓も 

   

いずれは必ず 失う

否応のない力によって。

    

出会う人には、

出会うべき時に出会うように、

別れる人は、別れるときに、別れる。

  

それは 早いか 遅いか

だけの違いにすぎず、

      

失わないように頑張ったとしても いずれは失う

               

だから 失うことを怖れたり

心配ばかりしていないで

  

やりたいことがあるなら

やれるうちにやっておこう

   

失って 後悔する前に  

伝えたい想いがあるなら

伝えられるうちに伝えよう

       

大事にしたい人がいるなら、

大事にできるうちに大事にしよう

  

    

私のすべてを失った時

すべてがここにあったことに気づく。

   



◇よく活きる [自分に与えられた尊い道がある]

どんな道かは知らないが

他の人には歩めない

自分だけしか歩めない

二度と歩めぬかけがえのないこの道


広いときもある

狭いときもある

のぼりもあれば、くだりもある

坦々としたときもあれば

かきわけかきわけ汗するときもある


この道が果たしてよいのか悪いのか

思案にあまるときもあろう

なぐさめを求めたくなるときもあろう


しかし、所詮はこの道しかないのではないか

あきらめろと言うのではない


いま立っているこの道

いま歩んでいるこの道

とにかくこの道を休まず歩むことである


自分だけしか歩めない大事な道ではないか

自分だけに与えられている

かけがえのないこの道ではないか


他人の道に心を奪われ

思案にくれて立ちすくんでいても

道は少しもひらけない


道をひらくためには

まず歩まねばならぬ

心を定め、懸命に歩まねばならぬ


それがたとえ遠い道のように思えても

休まず歩む姿からは必ず新たな道がひらけてくる


深い喜びも生まれてくる




◇よく老いる [老いることはポジティブ]

高齢者は孤独なのではなく、毅然としているのだ。無力なのではなく、おだやかなのだ。依存的なのではなく、親しみやすいのだ。外見に魅力がないのではなく、内面が深いのだ。そして、頭の回りが鈍いのではなく、思慮深いのだ。


老年になれば確かに「青春と活気」を必要とする若者の仕事からは引退しなければならないが、世の中には老人に適した多くの仕事がある。むしろ偉大な仕事は老人の「知恵や知識」によって成し遂げられるのである。


さらに、肉体的能力の衰えについては衰えをまったく否定するわけではなく、むしろ老年にふさわしい肉体的健康をポジティブに受け入れることが大切である。

自分がいま、青年の持つ体力を実際欲しがっていないのは、あたかも青年時代に雄牛や象の持っている体力を欲しがっていなかったのと同じである。自分が持っているものを使うと、またなにごとをなすにしても、自分の力にふさわしいことをなすのが正常なことだ。


老人は、失われた若者の体力を基準にして老年の非力を嘆くのではなく、現在の自分をあるがままに肯定すること、年輪によって育まれた知恵と見識を発揮することに現在を生きることの意義を見いだしうることが、もっとも大切なことだ。


日本の神道では、「老い」とは人が神に近づく状態です。神への最短距離にいる人間のことを「翁(おきな)」と呼びます。また7歳以下の子どもは「童」と呼ばれ、神の子とされます。つまり、人生の両端にあたる高齢者と子どもが神に近く、そのあいだが人間の時代となります。ですから神道では、神に近づく「老い」は価値を持っており、高齢者はいつでも尊敬される存在であるといえます。


かつて古代ギリシャの哲学者ソクラテスは「哲学とは、死の学びである」と言いました。

神に近づくことは死に近づくことであり、長寿祝いを重ねていくことによって、人は死を思い、死ぬ覚悟を固めていくことができます。もちろん、それは自殺などの問題とはまったく無縁な、ポジティブな「死」の覚悟です。


人は長寿祝いで「老い」を祝われるとき、祝ってくれる人々への感謝の心とともに、いずれ一個の生物として必ず死ぬという運命を受け入れる覚悟を持つ。また、翁となった自分は、死後、神となって愛する子孫たちを守っていくという覚悟を持つ。祝宴のなごやかな空気のなかで、高齢者にそういった覚悟を自然に与える力が、長寿祝いにはあるのです。その意味で、長寿祝いとは「生前葬」でもあります。


年齢を重ねるごとに知恵と見識を発揮し、尊敬される人間になり、神に近づいていく。この愉快な物語こそ、本当の「老いの神話」ではないでしょうか。




◇よく死ぬ [自然死、平穏死に向けて]                    [穏やかな死に医療はいらない]

どれだけ生きた、

こんなことをしたというよりも、 

あるがままの自分を見せびらかせて、

すなおな日々を過ごす、 

 

そしていつの間にか人生は終わっていた、そんな感じが自然でいい。  

 

今日の一瞬の美しさが、そのまま積み重なって一生となる。  

 

どのように死ぬか、生きてきたように死ぬる、「ありがとう」の積分の延長に死がある。  

 

そして、生が終わったら、新たなステージへの旅立ち、来世が待っている。

 

第一章…上手に枯れて穏やかに死ぬ

★ゆっくり、じんわり、穏やかに生き抜く 

★僕が後悔している延命治療 ― 胃ろう

★僕が後悔している延命治療 ― 点滴

★僕が後悔している延命治療 ― 抗がん剤



 

第二章…自宅はホーム、病院はアウェイ 

★病院医師が帰宅に反対する理由

★自宅だからできる穏やかな死

★一人でも自宅で死ねる

・「孤独死」じゃなくて「孤高死」

★「本当の看取り」に医療はいらない


第三章…自分の最期は自分で作る 

★死を受け入れよう。でも余命診断はあたらない

★最期のお別れはお早めに

★人はどんなふうに亡くなっていくのか





メメント・モリ (死を想え)    

死を恐れることは、生を慈しみ愛することになる。 

いま生きている喜びを、日々楽しもうではないか。 

愚かな人はこの喜びを忘れ、

他の楽しみを求めようとする。 

 

この至上の宝を忘れ、財や欲にまみれ、

果てしなく上を目指すが、

満たされることはない。 

生きている間に生を楽しまず、

死に臨んで死を恐れているようでは

ダメだ。 

 

生きていることを楽しまない人は、

死が刻々と近づいていることを

忘れているだけなのだ。 

 

*『徒然草』 吉田兼好 

「死」を覚悟したとき、生き方が変わる。 

 

それは「生きる」から「生き切る」へ 

そのように我々の生き方が変わる。 

 

過去はない 

未来もない 

あるのは、永遠に続く、いまだけだ。 

 

いまを生きよ。 

いまを生き切れ。 

 

 

*「未来を拓く君たちへ」 田坂広志 

 

たった一度の人生を 

世間の顔色うかがって 

やりたいこともやらないで 

死んでいく身の口惜しさ 

どうせもらった命なら 

ひと花咲かせて散っていく 

桜の花のいさぎよさ 

一度散っても翌年に 

みごとに咲いて満開の 

花の命の素晴らしさ 

ひと花どころか百花も 

咲いて咲いて咲きまくる 

上で見ている神さまよ 

私のみごとな生きざまを 

すみからすみまで 

ごらんあれ

 

*斎藤 一人









          たきがみ博士の想い

 

誰でも、自分の中に伝統がある。自分が経験したすべての過去の累積、それが”いま”のわたし。

過去とは思いだすこと、現在(いま)は過去の必然、そして、未来は想い、選択すること。

いまは、変えられない。

しかし、人には明日があり、未来がある。明日は、こうありたいと想いを持つことができる。

 

すてきな明日に向かって、”これからへの想い”を具体化するJourney、しっかり楽しみたいと思います。

そして、”いま、ここ”を丁寧に活きる。

みずからの人生の軌跡を、すてきな笑顔でみつめるために。

 

旬(ときめき)亭 亭主 たきがみ博士
  たきがみ博士


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 旬(ときめき)亭 亭主  たきがみ博士



 

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   YDM百合ヶ丘ビル 5階

 



☆他人に期待すれば不満になり、

  自分を信頼すれば自信になる 

☆人間関係とは、他人を通して自分自身

  との付き合い方を学ぶ機会なり 

☆自分の短所を受け入れるとき、

  自分らしさという魅力が生まれる 

☆最も空しい人生とは、

  すべてが思い通りになる人生である 

☆幸せは得るものではなく、気付くもの


☆樹木は、上に伸びる前に下に伸びる 

☆他人との対立は、

  自分の心の中の対立に過ぎない 

☆幸せだから感謝するのではなく、

  感謝するから幸せを感じる 

☆孤独を知らなければ、

  本当の繋がりが分からない 

☆内側から生まれてくる至福は、

  失うことがない


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寝る前、起きた時 3ポーズで5分間

肩こり、腰痛・しびれから解放